伊賀史絵 著 「妖精の遺書」 パッケージング社

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著者 伊賀史絵

 昭和33年12月13日、大阪府高石市に生まれる。
 昭和40年4月、東羽衣小学校へ入学。自宅近辺の道路空地などを「妖精の原(ニンフの原)」「待ちぼうけが辻」「犬捨て街道」等と名づけ、空想の要素の多い遊びにふける。
 昭和46年4月、高石中学校へ入学。翌47年夏頃より、本格的な詩作を始める。
 昭和49年4月、大阪府立三国丘高等学校へ入学。さらに同年秋、大阪文学学校へ入学。
 昭和50年5月、8月の二回、詩誌「詩学」へ投稿。
 昭和50年2月、幻聴のため京大病院へ。やがて同年12月、愛知県コロニーへ。
 昭和51年10月15日、夜半、妖精の原で死す。享年17才10ヶ月。


序文


おもかげ 小野十三郎(詩人)

 伊賀史絵さんが大阪文学々校にいたとき、詩を見せてもらって、学校文集に短かい感想を書いた記憶はある。しかし、先だっていただいたお母さまの手紙で、それからまもなくして亡くなられたことを知ったとき、伊賀さんはどんなだったか、すぐ想い出せなかった。学校事務局の松田君に電話すると、松田くんから、スクーリングの日に一度か二度、会っていられるはずですよと云われた。そして後日、谷町の教室に行くと、彼は学校に保存されてる数冊の厚い写真ブックを持ってきて、その一冊に張ってある、在校当時の伊賀さんの姿が映っている写真を私に示した。それは三方五湖だったか、彼女が学校仲間と小旅行をしたときに、みんなと一しょにとった記念写真であった。少しピンぼけの写真に映っている一人の少女の笑顔を見て、ああ、このひとだったかと思ったが、それよりも、文学学校の生徒はみな若いとはいえ、その中に、高校二年か三年の女の子がいたのかという意外さのほうが強かった。これは、少なくとも当時私が見せてもらった伊賀史絵さんの詩には、高校生という年齢の若さを感じさせるようなものがなかったからだろう。彼女は、生前に、自分が十三才から十六才ごろまでに書いた詩をあつめ、それを「哀歌」と名づけ、ガリ版刷りの詩集を作って、母と、福岡さんというひとに捧げている。この詩集にある作者あとがきを読んで、私は胸がつまった。そこに引用されてるお母さまの言葉にも感動したが、彼女は自分の詩の書き方について、私は「自分の感情を正確に表現することよりも、ひとつの異質の世界を創造することに重きを置いた」と述べている。これである。私が伊賀さんの詩からも、また一度か二度相対していたときにも、思春期を迎えた一人の少女である彼女の存在を見失っていたのは。しかし、中学時代から高校時代にかけて書かれた日記にある在りし日の初々しい伊賀史絵さんのおもかげは、お母さまや、近親の方々と同じように、いつまでも私の中にあるだろう。老人の私が云うのもおかしいが、も少しでも長生きしていてくれたら、私たち、いい詩のお友だちになれたのに。

母が娘に捧げる冥福の鎮魂歌 岡田喜篤 (愛知県心身障害者コロニーこばと学園長)


 家族にとって、その誰かに死なれることは、自分が死ぬよりもはるかにつらい。
 私も八歳の折りに、三つ年上の姉を急性虫垂炎から腹膜炎という経過で失った。姉は長女であったことから、私を含めて兄弟の面倒をよくみてくれたが、何故か両親に叱られることが多かった。それにつけ込んで、私たち弟や妹は、姉をいじめたり、親に告げ口をしたりして、困らせることがよくあった。死後、私にはこの姉にまつわるさまざまの愛憎が、せつない。そして、永久に償うことのできない悔恨として想い出され、幼な心にも独り枕を濡らすという日々が続いた。生前の姉に抱いたことのある憎しみや争いの気持ちは全く消え失せ、すべてを許し許されたいと願いながら、改めて、込み上げてくる死者への思慕の情に、狂おしく悶えた毎日だった。
 この苦しさを、辛うじて救ってくれたのは、私自身の想念における死者との語らいであった。それは、相手を理解しょうとするひたむきな対話であったし、相手のすべてを無条件で是認しなければならないという衝動を、正当化する手続きでもあった。そして、自分が相手を理解し得なかったことの許しを乞い、自分に示してくれた、さまざまの思い遺りに対して、深い感謝を捧げるのであった。それは、私にとって、正に祈りといってよいものだった。
 批判も、争いも、憎しみも、人が互いに生きていればこそ存在し得るものであり、いずれか一方が死に至った時には、もはや成り立つことはない。表面的に見るかぎり、死者は敗者であり、もはや、人と競ったり争ったりする資格を失っている。しかし、これが肉身の場合には、残されたものが勝者で、死者が敗者であるとは言い切れない。いな、むしろ、生きている者こそ完膚なきまでの敗者であり、未来永劫、和解への道を閉ざされた断崖に立たされてしまうのだと思う。だからこそ、残された者は、死者に対して、ただ敬虔に祈るしか術がないのである。
 子を失った親の場合には、なおさらである。信仰厚かった私の父が、姉の死後、祭壇に額づいて、以前にも増して、長い時間、祈る姿は痛々しかった。家族の誰もが、父を労わる気持ちをもちながら、それをしなかった。それが父を労わることにはならないことを、よく知っていたからである。父は長い祈りの中で、死んだ姉と二人だけの語らいをもっていたにちがいない。誰もそこに介入することはできなかった。

 この世で、親子の関係ほど、宿命的で、強固で、微妙で、烈しい人間関係はないと思う。子は親を選ぶ権利を与えられておらず、親は子に対して、無条件に自己犠牲を前提とするほどに服従的である。ここには、他人が一切介入することを許さないほどの絆がある。親がどんなに愚かであろうと、また、どんなに間違っていようと、子はその親を、批判したり、憎んだりしこそすれ、その替りを求めることはない。子は親に一途な想いを寄せている。親もまた同じである。
 それにも拘らず、親子は互いに一方的な想いを寄せ合っていて、それが相まみえることがない時には、裏切られたと思ったり、理解されないと思ってしまう。いつかはきっと結びついている糸を探り当てるのにちがいないのだが………。

 伊賀史絵という、桁はづれに聡明な少女が、私を訪れたのは、昭和五十年も暮の十二月五日であった。時々襲ってくる頭痛や立ちくらみのほかに、霊魂との会話や目に映る鮮やかな諸象に、魅かれつつも悩んでいるということだった。豊かな情と繊細な感性を備え、訴え方は、ひかえ目で、それでいてひたむきだった。自分から進んで、脳波、知能テスト、心理テスト、その他の検査を希望し、これらを全て協力的に完了した。ここで、彼女の精神医学的分析結果を公表する意図は、些さかもない。ただ、彼女が知能指数一四〇以上という頭脳をもち、該博なる知識を有していることには、少なからず驚かされた。
 彼女は、さまざまの不思議なことがらに、親しさを抱きつつも、戸迷いと不安を感じ、私にも詳しくそれを説明した。彼女には、いたづらっぽい茶目ッ気もあり、愛すべき我侭さもあった。おびただしい量の本を読み、信じ難いほどの筆まめであった。彼女は異常であるかないかの問題は、ごく少さなことがらだった。はっきりしていたことは、その読書と文筆から、彼女がひたむきに、何かを理解しょうとしていたことであり、必死になって自分を理解してほしいと願っているにちがいないということであった。
 その半ばに、彼女は逝ってしまった。短かい年月の間に、多くの人が一生かかっても、形成し得ないほどの、観念の世界を、燃えるような華かさと奔放さで彩って………。

 彼女の急逝を知ってまもなく、私は偶然にも、井上靖の小説「星と祭」を読んだ。娘を事故で失った父親の心の軌跡は、いつしか、私の姉のことがらと私の父の心のそれでもあり、同時に、強烈なまでに、彼女とその母のおかれている状況でもあった。小説の中では、日本の古代にあった「殯(仮葬)」とこの期間に詠まれる追悼歌、つまり、挽歌のことが美しく感動的に描写されていた。
 このたび、彼女の母から、伊賀史絵遺稿の出版を決意したから、一文を寄せてほしいとの連絡を受けた。彼女の死後一ヵ月余りを経て、挨拶に来られた時の母の痛ましい姿は、私の脳裡にはっきりと刻まれている。母は何、日も、何ヶ月も、死に旅立ったわが子と語らい、そして祈ったことであろう。それは、まさに、殯であり、語らいは挽歌であったにちがいない。その二人の語らいの中から結論されたものが、このたびの出版ではあるまいか。
 母は、この出版をもって、殯の終焉に近づきつつあることを自らにいいきかせ、娘の死を素直に受けとめて、安らかに葬らねばならぬと自分自身に諭しているように思われる。この出版こそ、挽歌を詠い終えた母が、死者としての娘に捧げる冥福の鎮魂歌なのであろう。きっと、娘は母の美しくもせつなる祈りをききながら、永遠の魂の平和を得ているに違いない。

  昭和五十三年六月二十七日記


第一章 交換日記

昭和46年 中学一年

一九七一年 十二月二十日
 夕闇のとばりがおりる時、雨戸を閉めるのは私の仕事です。この仕事は私の大嫌いな仕事です。闇は恐ろしいものを秘めているように思われます。広い庭の沢山の木々は、すべて私の敵のように思われます。縁側の七枚の雨戸を閉めるには、とても長い時間がかかります。でも中学生になってから、あまり恐くなくなりました。そのわけは、またいつか。
 ところで、物語クラブを作りたいと思わない? 毎週か毎月くらいに、誰かが物語の案を出すの。たとえば「カリブ海で溺れ死んだ女」などを題にして、各人が物語、またはソネット以上の長い詩を書くの。そして回し読みして批評し合って……。これが私の夢よ。四組には物語と詩を書いている人、何人くらい居る? 三組には五人くらいだけど、その中で誘えそうな人は花田さんと杉山さんくらいよ。でも物語クラブはやりたいんだな。
 御飯ができたと知らせてきたので、これで。

一九七一年 十二月二十二日
 おくればせながら私の自己紹介。
氏名 伊賀史絵
ペンネーム 小川真理(真理を求めるのだ)
生年月日 昭和三十三年十二月十三日(金曜日?)
趣味 読書。創作。
将来なりたい職業 小説家。詩人。画家。俳句家。できたら母の後をついで名古屋大学の国文科を卒業したい。(カッコイイ)
性格 感情的でロマンチックなことが好きで夢想家でやさしく(?)て、親友を探している乙女なのであります。
宗教 新キリスト教 プロテスタント。
好きな国 イギリス。アメリカなんて嫌いだョ。
好きな学科 国語。数学。音楽。美術。家庭。(サボレルから?)
得意な学科 国語。数学。音楽
嫌いな学科 社会。理科。保体。家庭。
あだな イー。しのぶ。甲賀さん。フーちゃん。
好きな女の子のタイプ とにかく創作していること。
好きな男の子のタイプ 上品で落ち着いていて……ずばりいって一年のM君。

 私、今、他の人が晩ごはんをたべている時、ここにきて書いています。すごく早くごはんをたべちゃったの。そうしたら「史絵。ここにきて英語(学校のじゃないのよ)を読みなさい」だって。もちろん抗議を申しこんだわ。だって大人達って、おとなしいのはごはんを食べてる間だけでしょ? その時間を必死で作ったのに食事になんか行くもんですか。

 今日クリスマス。ツリーを飾りました。そして知っているだけのクリスマスの歌を歌いつくしてしまいました。今年はクリスマス・ツリーが一メートルしかないから淋しいな。
 何だか書くことがいっぱいあるようで、全然ないようで、わかんない。
 何故だか知らないけれど、向こうの方で「英語のテキスト早く持ってきなさい!」って、どなっているからマジメに書けないんだな。また三十分後に。

 三十分後。
 冬休みはお手紙で交換日記やらない?家を教えてね。切手代もったいないから走って行くのよ。近いんだもの。

一九七一年 十二月二十四日
 なぜかなぜか腹が立ってしかたがないのだ。何もそうからかわなくたっていいでしょう。そうM君M君と書くな。こちらは純情なんだよ。直め! それにまた髪型を変えたらチョンバーににらまれるんだ。何も好きで三ツ編やっているわけじゃない、チョンバーに叱られたからだ。「こんなに長くしていたら、だらしないじゃありませんか。長く伸ばしたかったら三つ編にしなさい。それが嫌なら切りなさい。」って、解った? 福岡さんだって髪切ったでしょ? 二年のM君、きっととても残念に思ってるよ。男の子って、だいたい長い髪が好きなんだから。
 通知表どうだった? 私、国語が5だった。(ウレシイ)ところが数学も音楽も4。得意な学科としてはいささか情けないな。三学期は数学も音楽も英語も5を取るようがんばらねば。でないと、家の戸籍上も生理学上も両親と定められている二人の大人に叱られてしまう。

 今日、ささやかなクリスマス。パーティーを開いたの。雨戸を閉めきり、タテヨコ十糎、高さ二五糎くらいの蝋燭を真中に置いて行ったの。聖書を読み、賛美歌を聞きながら詩を書いたの。するとこんな詩ができたの。


 暗き中
 三本の蝋燭の光の前に
 二人の乙女 ぬかずきぬ
 淋しき家にも聖夜は訪れ
 神への祈り 地上を覆う

 空にはひときわ 光る星あり
 天使の歌声 夜空に満ちぬ

 すべての人よ 神を賛美せよ
 聖なる今宵 神の日に


 毎年 蝋燭の光でクリスマス・パーティを行うのは習慣なの。

一九七一年 十二月二十六日 雨
 ねえ、ねえ、ねえ、おねが〜〜い。NさんにM君のこといわないで。Nさんにはどうしても知られたくないの。たとえ頭文字だけでもよ。もし聞かれたらT君とでもいっておいてね。これもM君の名前の頭文字だから。
 ところでサア。福岡さんの好きなM君てどんな人? やさしい? いつ知り合ったの? 私の方は話せば長くなるので書かないのだ。でもM君は私のことを知っていると思うよ。もし忘れていたら、悲しい――。初恋なのだ。

一九七二年 一月某日
 いろいろ質問されて、どれから答えたらいいか解んないから最後から順にね。
1 タイムトラベラーとても面白いから直ちゃんと同じく見ているの。
2 私の今年の目標は今だに考え中。今、考えて決めますと、こういうことになります。
 (1)人の心の微妙な動きを鋭く捕える目を養う。
 (2)小さなことにも深く考える。
3 私ってね。小さなことですごく喜んだり悲しんだりしてしまうの。自分や友達のいった小さな一言でとても悩んでしまうのよ。友達に何か頼んで鋭く断られでもしたらとても悲しくなり、そんな時はずっと手を机の上に置いて顔を伏せておくことにしているの。不思議に詩を書くとなおるわ。
 ところで直ちゃん。自己分析って知ってる? 六年の頃から私はよくそれにふけりました。
――自分はどういう人間なんだろう?
――自分の性格は何だろう?
――何故自分は生きていなければいけないんだろう?
 その間に私は人間の性格がとても複雑であることを知ったのよ。一番よく知っているはずの自分自身さえ、まだ本当に解っていないことに気づいたの。だから今でも時々自己分析にふけるの。そうすると、いつもじゃないけれど自分の性格を発見することがあるの。

一九七二年 一月某日
 私がさ細なことですごく悩んだことは書いたでしょう。物事をあるがままに受け取っていたら、私は四年前に自殺したわ。私だって十三年間に物事を良い方に曲解する術くらいは会得しているのよ。
 さて、私にはまだよくわからないけれど、活発で面白い人には二種類あるのじゃないかしら?まだよく分析できないけれど、その人たちは全然ユーモアの程度が違うのよ。KさんやAさんなんかは慣れていないせいか附き合いにくいのよ。何か一言真面目にいっても、すぐ物笑いの種にされちゃうんだもの。合わせようと思ったら合わせられるけど、後ですごく疲れちゃうんだ。その点杉山さんなどはずっと附き合い易いな。ちゃんとけじめがついているから。
 私―日本も原子爆弾をもってるって話だけど、もうないのよ。
 スリ(杉山さんのこと。スリ山ハゲ子)――何故?
 私―私が盗み出したから。
 スリ―やったわね。どこで爆発させるの?
 私―今地図を見て考えているところよ。
 スリ―そこらへんにでも落としときゃいいのよ。
 なんて恐ろしい会話をする時もあるし、真面目な時は詩の真実性について討論したり、他の人の性格の良し悪しを話し合ったりするの。だからいつの時も私のとても大切な友達。あれで割と女の子らしいところもあって「星のファンタジー」とかいう詩も書いているのよ。福岡さん、何故親友をつくろうとしないのかな。詩を書いている人、深い思想を持っている人って、割合沢山いるものなのに。

一九七二年 一月二十日
「星の王子さま」のことだけれども、私は小さい小さい頃(十センチよりは大きかった)から親しんでいたので別に深い感銘も受けなかった。その代わり、中学生前の春休みに読んだボーヴォワールの「人はすべて死す」には考えさせられたことがあったのよ。あたりまえの題だけど不思議な中身なんだ。これにちょっとばかり、凄く深い影響を受けた感じ。それから好きなのは稲垣足穂の「一千一秒物語」。

一九七二年 一月某日
 府県別試験良かった?私は組で最高が二つもあったので喜んでいるのだ。その一つはもちろん国語!
 私も千羽鶴を折っているのだ。でもこれはヒミツ。千羽鶴というものは人に手伝って貰わなくて自分ひとりでコツコツとやってこそ意義があると思うから。ところでねえ、折り紙代五十円くれない?今のところ財布が軽くて困ってんの。ョョョ……
 福岡さん、月見草って知ってる?月夜に大きな白い花を咲かせる夢幻的な美しさを持った花よ。ただし現在は多分無いだろうと云われている悲しい花。亜熱帯もしくは熱帯の花だと思うの。私の大好きな花なんだ。

一九七二年 一月二十五日
 暗い教室の中で聞いた。少年が死んだことを。雨の降る日の夕方。
 笑いさざめく声。流行歌のメロディー。その中で時計の針だけが無情に進みゆく。不思議なムードの教室で。
 四時三十七分。笑いがとぎれ、僅かな沈黙。コン……コン……のみでドアを叩く音。怖い……急に教室がとても暗いことに気づいた私。――これから悪いことがおころうとしている。ただ怖い……胸がつまったその瞬間、一人の男の不吉な声。
 「十一組のK君が死なはったそうや――電車に轢かれて――陸路先生が馳けつけて――浜寺病院で――今死なはったという知らせが来た……。」それから彼はもとの用務員のおじさんにもどる。「はよう帰りや……」彼は去った。ほとんど皆に気づかれもせず。静かに去った。
 いつしか私は立っている。樋上さんが急に教室の隅に行き―泣く。泣けない、私は泣けない。涙が出てこない。
 死んだ。電車に轢かれて。ついさっき。ああついさっき。今しがた私は何をしていたか?笑っていた。他の人は何をしていたか?歌を歌っていた。そんな時に一人の少年の命は昇天した。むごい……すべてむごすぎる。その少年の――未来が消えた時……。
 見える、少年の血みどろの死体が。私の前に。青ざめた顔の冷たさが身にしみる。しかしそれは幻だった。ああ、すべて幻であってくれたらいいのに!
 死んだ。少年は生きたかった。なのに死なねばならなかった。
 ――私は雨に打たれながら家に向った。それが未知の少年への私の償い。私の心の内に恐怖がある。その恐怖から逃れるためにたった一人家路につく。
 こわい……永遠にこの世に生きられぬ少年がこわい。
 門を入り、まっすぐ自室に赴く。弟がくる。紙片を持ってくる。その紙片を手に取る。手が震え紙は破れる。何もかも夢のようだった。弟は怒る。筆箱をふりあげる。が、何も聞えない。ただ弟の動作だけが目に入る。黒いそれが、視界の中で黒く硬い物体に変化し、恐怖が私の心を強く動かす。
 私は泣く。激しく泣く。弟が、いつ去ったのか、私は知らない。

一九七二年 一月某日
 福岡さんは蝶が嫌いだから、蛾も嫌いでしょう?でもね、とても美しい蛾もいるんだ。蝶はあまりにも軽やかすぎて、好きじゃない。それに何故か、ああいう小さい生き物は好きじゃないんだ。死ぬからいやなの。それに鱗粉だとか小さな毛とかが指にくっつくでしょう?そうするとぞっとするわ。夜集まってくる蛾は、蝶以上に大嫌い。バタバタしていて気持ちが悪い。けれども、一回だけ例外があるのです。一学期、体育館の裏で花田さんと一緒に居た時のこと。草むらの中に、一匹のとても大きな蛾を見つけました。肌色とピンクの、まだらの羽を、ゆっくり上げ下げしているその姿を見て、最初に感じたのは美の陶酔。神秘の世界へひきこまれていくようだったわ。気配に気付いてすぐ飛び上がって、ゆったりと鳥のように早く飛んでいってしまった。あの蛾はまったく美しかったと思っているの。
 この頃ずいぶんいやなことが続いている感じ。K君のことで相当ショックを受けたし、食欲はないし、英語のテストでは散々な点をとるし。

一九七二年 一月二十八日
 私はペンネームをいっぱい作っているの。怪奇小説時は杉本妖子だし、少女小説は杉田真奈美。うまくできた小説は、だいたい小川真理。でも、こわーい詩は、北田魔子でもいいと思っているの。ところで福岡さん、「階段」を読んで、恐怖感じた? もし感じたら、明日そう書いてね。一人で喜ぶから。でも即席で書いたから、文がなってないって感じ。そこはまあ目をつぶって……。この頃は恐い詩専門よ。ほら、こないだK君のことを書いたでしょ? あれからなの。ゆくゆくはポオのような詩人になろうかしら。いや、無理かな。才能がないよ。福岡さんみたいに、才能のある人はいいね。「友だち」っていう詩、ほんと、ぜったいすばらしかった。
 北川さんのお見舞いに行こうと思って二百円で花を買ったんだけど、そこで奇妙なことがあったの。チューリップを買おうと思って「一本いくらですか?」て聞いたら「五十円や」ていうの。そこまではまあいいのよね。「何にするんや?」て聞かれたから「お見舞いに持って行くのです。」て答えたの。そうしたら「少しまけたげるわ」といって色々花をとってくれたの。マアそこまでもいいんですよ。ところがその作ってくれた花束を見たら、チューリップ四本、あやめ二本、水仙二本、フリージア二本、蘇鉄みたいな葉三枚もくれたの、あの人、頭おかしいんじゃない?

一九七二年 一月某日
 私の尊敬している人は、と申しますと……
モンゴメリー……人の心の微妙な動き、乙女時代の空想などを、この人のように美しく書きたいのです。特に「エミリー・ブックス」なんか最高。「赤毛のアン」より素敵よ。深く艶のあるエミリーの性格が、とてもよく出ているの。作家になるとしたら、ルーシー・モンゴメリーのような人になるわ。
ポー……心理的恐怖の世界の大家ね。少女小説作家になれなかったら、エドガー・アラン・ポーのような怪奇作家になりたい。だって今のところ、一番うまく書けるのは怪奇小説だもの。
シュトルム……抒情詩のような透明な悲しみを、短編で表す人。詩も書いているのよ。この人の小説を読んでから悲しくなったの。でも素晴らしい悲しさ。こんな悲しい小説を書きたいなあって思ったわ。こんな、胸に浸み入るような小説はいいな。
ボーヴォーワール……本当はこの人の本、とてもむずかしいんですって。でも、この人の「人はすべて死す」を読んでから、生を厭うようになってきたと思うの。

一九七二年 一月某日
 この頃どうかしている。悩みごとがいっぱいありすぎるんだ。
 百合のように淑やかで美しい人。繊細で感じ易い人。薔薇のように深みがあり、激しい人。それが私の理想です。
 今、サン・テグジュペリ「夜間飛行」を読んでいるところです。

一九七二年 二月七日
 今日は、まったくもって腹の立つということがありました。英語の先生が休みだったので、私は「かげろうの日記」を読みながら、千羽鶴を折っていたの。普通私は、本を読みながらあたりに注意することはできるけれど、今日はその注意が全部鶴に向けられていたため、まわりは全然見えず、聞こえず、の状態だったわけ。しばらくそうしていた後、何となく第六感が働いて顔を上げたら、皆がニヤニヤしてこっちを向いているの。英語係が「本を読むのはいいけれど、鶴はやめろ」って言ったらしいのよ。穴がなくとも入りたいほど恥ずかしかった。
 それから、これもやはり今日のことなんだけど、福岡さんが日記を持ってきてくれたので、美しい笑顔をしてドアに馳けよったら、どういうわけか同じドアから入ってきた北田君が、私と目が合った瞬間、ニッコリしたの。不愉快である。
 登山のことだけど、私はどういうわけか班長になってしまったの。班員は才崎さん、花田さん、杉山さん、吉田さんの四名。何故この中で、山に弱い私が班長などになったのだろうと疑問を感じております。
 ところでね。この頃の男子はあやとりなんかをやっているでしょう? 気持ち悪いと思わない? まるで女の子みたい。あやとりの好きな男子なんて大嫌い。軽蔑しちゃう。
 Kさんのことだけど、Kさんは一人っ子だから少しくらい我儘なのは解るけど、彼女はちょっとそれが過ぎるみたいね。あの人は目立つのが好きなんだし、人の注意を自分だけに集めたいんじゃないかしら。だから一人で歌を歌う類のことも、かえって歓迎するわけよ。福岡さんはどう思う? Kさんの友達はIさんとか。おとなしい人ばかりでしょ? Kさんは私の性格を読み違えているのではないかしら。私はKさんに接する時は、猫をかむっていつもおとなしくしていますから。
 またまた話を変えまして、浜崎君のことだけど、私は冬休み中に浜崎君のある一面を発見したのであります。浜崎君はね。ニューセンターですごくまじめにアルバイトしていたわよ。ちょっとばかり見直した感じ。
 ちょっと宿題をしなきゃいけないの。バーイ。
 まどか様←この名大好き

一九七二年 二月九日
 万年筆にて失礼。夜のとばりがおりるまで(ということは、おばあさまがここにいらっしゃるまで)書かせていただきます。実は私の愛すべきシャープペンシル(名はヴィクトル)が、トイレに入った時、あれよあれよと見る間もなく、ポトンと(どこにかは解るわねえ)落ちてしまったのでございます。この夜更け、鉛筆で削るのも音がするので無理かと思いまして、やむなく万年筆で書いているのでございます。
 自殺について――自殺とは己に負けた人がやることだ、と人は皆こういいます。けれども私はむしろ、自殺をする人は己に勝った人だと考えているのです。私たちは、とりわけ鈍感な人は別として、一生に一度くらいは死にたいと思うことがあるはずです。そんな時、その人はすぐ自殺するでしょうか?そんなふうでしたら人間は絶滅してしまいます。辛い時、悲しいとき、命を断ちたいと思うのは人間にしかできないことです。貴女の所の犬が自殺したなんていったら貴女は笑い出すでしょう。人間はまだ野獣であった頃の本能を多分に持っています。生への執着もその一つです。だから自殺をする人とは、その本能に打ち勝った人――と考えてもいいのではないでしょうか。ということは、自殺は真に人間的な人間のすることとなります。「自殺をするのは簡単だわ」そういっている人は、自殺するときの自分を考えてみて下さい。貴方はナイフで喉を突きささなくてはいけないでしょう。その時の痛みを想像してごらんなさい。あるいは火事の中へ飛びこむのも一案です。焚火の煙にもむせかえるあなたが、それよりもっとひどい煙の中へつっこまなくてはいけないのです。できそうもないことでしょう。大抵の人間はここまで考えて自殺をやめてしまいます。けれどもやはり自殺する人間はあるのです。右に書いたようなことも辞さないほど、この世を厭わしく思っている人の心の奥にある悲しみ、苦しみはどんなでしょう。ここまで考えるに当って、自殺した人は、この世を去って、かえって幸せなのかも知れないと、私は思わざるを得ないのです。私には生きる権利があるように、自殺する権利もあることを嬉しく思います。
 悲観的になっている佳冬より
 真生へ

一九七二年 二月十三日
 私の家は何というか、非常に変な所で、厳しい家なのでございます。何故かと申しますと、私は絶対にこの家の中で堂々と本を読めないのでございます。またまた何故かと申しますと、本を読むと私は夢中になりすぎて、せねばならぬ用事まで忘れてしまうからでございます。また本を読んだ後、三十秒くらいはその本の中の世界を抜け出せず、夢うつつになってしまうからでございます。そこで私は小説、マンガは一切読んではいけないと祖母にいわれまして、それからすべてを箱に詰め物置にしまわれてしまったのでございます。それ故私が貴女にお貸しできる本は、弟の本箱からこっそり抜き出してきた本か、引出しの奥にしのばせておいたがために箱入りを免れた小さな文庫本だけなのでございます。またその時、私には読めないと思われていたムツカシーイ本も箱入りを免れましたが……。本を貸せないこともさることながら、本を読めないことほど辛く苦しいことは私にとってはないのでございます。それ故話は変わりますが、私が堀辰雄集を読むのに、あまりにも長くかかるのをお許しください。普通なら二、三日もあれば読めたでしょうに。本に夢中になりすぎた我が身が悔やまれてなりません。……というわけで、上記の本はやっと今読み終えたところ。
 ところで自殺は卑怯だと思う? 私には、何故人がそんなに夢中になって生きたがるのかわからないの。生きていて何になるの? 私達のこれからの人生は、楽しいかもしれない。けれど、悲しいという割合も同じようにあるわ。あるいは、その両方が交り合っている。ところで、人生の楽しさとは何かしら?私には特別楽しいということは思い浮ばないけれど、人生の辛さ、苦しさならまざまざと思い出せるわ。これから先、人を傷つけたり自分が傷ついたりして生きていくよりは、自分というものがこの世に居ない方がどれだけいいか解らない。結局自殺した方がいいと私は思うのよ。右のように書いたからって、私を自殺賛美者だなんて思わないでね。私の中の佳冬は自殺したがっているけれど、摩子の方は何ともいえないし、真理は真理を探究して生きて生きたいと思っているし、妖子でさえも大人になってから素晴らしい小説を書きたいと思っているんだから。つまり私の中には自殺したい私と、なんともいえない私と、真理を探索追究して生きていきたい私と、大人になって素晴らしい小説を書きたい私とが居るんだから。それからいい忘れたけれど史絵は現在のために死にたくないと思っているわ。今日はこのへんで。

一九七二年 二月某日
 雨の音って、いかにも心が落ち着くって感じしない? ストーブの燃えている個室で、ただ一人静かに雨を聞きながら机に向っていると、自然に小説ができてしまいそう。勉強もはかどること請け合いよ。そしてその後で雨あがり。すがすがしい大気の中を緑輝く原に出て頭を冷すのも一案。もっとも現実はそううまくはいかない。
 だからそのことは考えずに、話を変えまして、福岡さんは宝石の中では何が一番好き? 私はパール。つまり真珠なの。ダイヤモンドは華々しすぎて好きではないし、水晶は名はきれいだけどガラスみたいだし、色つきは着色みたいで好まないの。真珠はその点、上品で優しさがあって大好き。真珠にもいろいろあるけれど、ホワイト・パールがいいと思っているの。
 ところで、福岡様。折り紙は大好きですか?いつぞや貴女の所に折り紙の本があると聞きました故、できるものなら一度お借りしたいと思いますの。私、折り紙を好むこと、非常に、であるが故に、面白い折り紙がありましたらこのノート、または教室にてお教え下さりませぬか。人の顔ができるもので、面白いものがあれば良いのですが……。今のところ私、仏面、般若面、翁面、それに狐面くらいしか知りませんので……。

 このごろ詩はどんどん作れるんだけど、小説はさっぱり。案は腐るほどあるのに何となく書く気がしないのが現状よ。何かと悩みが多いのに日記も放ってあるし。
 ああ
 何と我が身のはかなき頃
 日暮れる太陽の如く
 ただ沈める
 誰故にか
という気分なの。溜息を吐くつもりで即席に作ったからおかしいとは思うけど、まったくその通りの気持なんだもの。あっ、ナイス!いい思いつきが浮んだ。昔風の言葉で書いてみようっと。(と詩のノートに向う)……一時間後、ついでに入浴して髪を洗ってまいりました。ここで詩をひとつ……

 夢から夢へ

 急に湧きおこった天使の声のように美しい合唱
 それも遠のいていき
 みじめな自分が目にうつる
 私は野原に座り
 どこからきたとも知れぬ女に尋ねる
 「何ていう名?」
 「前には私にも名前があったの。けれど今は思い出してはいけないのよ。」
 「なぜ?」
 女は青空を指す。
 私はこの女を羨んでいる。女は無知だ。
 「花って美しいけれど。本当は悲しいよ。だから涙を流してはいけないの。古い夕暮れのように黙っていなければいけないのよ。」女は続ける。
 「一日のうちにね。一度だけすべてが空白になってしまう時間があるわ。それに気がつくと、人は心に美を持つの。」
 ゆっくりと私はその女から去っていった。
 噫、また歌が聞こえる。
 これ以上このままでいたら自分をなくしてしまいそうだ。

 思いつきで書くと、やっぱり変な詩になっちゃう。才能ないのかしら? 悲しいわ。

一九七二年 二月某日
 おはよう福岡さん! 今日は私たった一人でベッドの上で書いてるの。何故かともうしますと祖母が居ないので(私はいつも離れで祖母と弟と寝ている)弟は母と一緒に寝ることにしたからよ。うちのお母様は、女の子がたった一人離れになんか寝るもんじゃないっていってたけど、こわくなんかない。
 さて、ところでゆうべ十時半、私はベッドの上で考えました。このままここに起きて、一時間ほどで三頁書くよりは、今夜このまま寝て、朝いつもより一時間早く起きた方が健康に良いんじゃないかしら? 実のところ、私は早起きが大好きなんです。あーあ(と溜息をついて)自分の部屋で一人で寝ていた頃は良かったのに!!
 ところで、今すごく変な夢を見ていたの。早起きをして良いところは、急にベルの音で起こされるから夢を覚えていられるっていうこと。他の一つは、勿論、時間が手に入ること。
 ところで、夢のことを少し書きます。あれ? どこだっけ? そうだ! 私は真面目に社会の問題をやっていたのだ。必死で川の名を地図に書き込んでいたの。勿論アングロアメリカのところ。そのうちにこんな問題にぶつかったの。「一つだけ東から波の打ち寄せる所がある。何処か?」何だか解んないから、メチャメチャな答えを書いておいたの。そのうち、ふと思いついたんだけど、東には極があるから(本当は北なのに)それが波に影響して(あり得ないよね)打ち寄せるかも知れない。そこは実地で確かめることにして、私はアメリカ大陸に降り立ったの。地図の上に足を降ろすと、地面はどんどん大きくなっていって、とうとうメキシコ半島が霞んで見えるほど大きくなったの。(でも実際よりははるかに小さかった……)そこで私は一人の男を地図の上、つまり北の海に置いたの。その男は死んでいたんだけど、あそこらへんに、ホラ、細々した島があるでしょ? それにぶつかって、どこにも行けなかったの。それでも少し東(本当は北)に行っているみたいだったから、ここだな、と思って満足した途端、私はすごく小さくなって、アメリカ大陸の人になっちゃったの。そこで色々と事件が起きて(それは省く)私は学校に行ったの。何だかとても嬉しくて、笑ってばかりいたみたい。ところが花田さんと杉山さんと一緒に校門を出たら、M君に出逢ったの。私はもう必死で笑いを噛み殺したわ。だって今のところ、M君の前ではションボリしていなければならないんですもの。(現実でもそうよ。)すれ違って階段を降りかけた時、急に何もかもが透明になってきて、私は、今、夢が終わって、眠りから覚めるんだなあって思ったわ。目覚めるときに意識があれば時々そうなるの。「これから急にまわりが闇になって、目をあけようとしてもあけられない状態が続く。そのうち、不意に目を押さえている力が弱くなり、目をあけるんだな」って。ところがところが、急に目覚まし時計がリリリリリ……ン、と大きな音で鳴り出したの。ゆうべ、用心の為に私がかけといたやつ。まったくもうイメージぶちこわし、これから何秒かの間は、暗闇の中を散歩しようと思っていたのに。
 眠りから覚める時の気持、ルーシィ達がナルニアから帰ってくる時、それから行った時にはこんな感じがしたかしら? すごく良い気持なのよ。
 あっ、もう七時五分。ベッドから抜け出さなくては。バーイ

一九七二年 二月十五日
 朝、九時三十七分。英語の時間。ちょっと!まだ山川先生こないの。ひょっとしたら今日休んでくれるかしら。昨日六時間目の英語なんか必死だったわ。あの先生ベルの音が聞こえなくて、いつもより二十分多く授業をやっちゃったの。でも外でウロウロしていた黒崎先生の顔って、面白かったよ。
 アッ、黒崎先生がきた!やはり山川先生はお休みかしら。……っと思ったら、やはりきてた。ワァ〜〜ン。(長い長い嘆き)

一九七二年 二月十七日
 前略。何故アンクレットが嫌いなの?(と急に書き出す。)私の考えでは、ランダルとベービスを束にしたよりずっとアンクレットの方がいいように思えるのに。私、ランダルは嫌い。何故かと申しますと、あまりにもありふれていて、月並みのことしか言ったりしたりしないもの。ベービスも同じ。ああいう型の人物は、いかにも”作り上げた”という感じがするの。色んな本でよく見かけるおきまりの男の子だわ。主人公はすべて美しく、勇気があり、正直で……なんて面白くない。私が少女小説を書きたがるのも、そう思うせいじゃないかしら?つまり私は完全な『人間』というものを創作してみたいわけよ。エルアンヌはその点、右にくらべれば少し個性的で、自分の思想を持っている人物だと思う。エルアンヌはランダルと領主との取引を面白そうに眺めていた場面、ディーンに落ち着かずモンゴメリー家の人々の方に戻って行った場面、城主に向ってもの静かに反対した場面などが好き。それから何故かアンクレットも好きなのよ。
 ところで福岡さん、折り紙好き? 私が大好きなことは前にも書いたけど、なんだか福岡さんの折り紙の作り方と私の作り方と、まるで違うんですよ。それで色々作って交換してみたらどうかと思います故お返事をお待ち申し上げます。また折ってノートにはさみたいのですが、私の折り紙のやり方で折りましてはさみますと、鼻がつぶれたり(つまりロダンの「鼻のつぶれた男」になってしまうのだ)身がゆがんだりしてしまうのです。ゴメンナサイ。

一九七二年 二月十九日
 私の心の中には色んな私がいるんだけど、それが全部極端に変わっていて、二人の私が一緒に出てくることはずいぶん稀なの。だから時々私ってすごく変わり者じゃないかって思ってしまうの。
 ところですごいニュース! Kさんが私と親友になりたいんですって。昼休み、私を呼び出して「親友になってくれない?」ってそういったの。ところが悲しいかな、私その時は”ゆかり”だったの。つまりすごくやさしい気持ちだったのだ。今から考えると、その時からずーっと日の入り時まで私あの人の魔力にかかっていたんだわ。と…… 何が何だか解らないだろうからもっと具体的に書くね。
 それは恐るべき金 日におこったことなのです。金曜日にいいことはありません。Kさんはその日私に親友になってくれと頼みました。そうです。これこそ恐ろしい魔女が私を重くまつわりつく網に引き入れるためのワナだったのです。(ちょっとやりすぎかな?妖子に書かせたからだ!)調子を変えて――三十三間堂(つまり三棟と二棟の間の二階の渡り廊下のこと)でそういわれた時、ひどくびっくりしちゃった。まさか無下にいやともいえないでしょ? だから「親友て作ろうと思ったってそう急にできるものじゃない」とかいう意味の事をものやわらかにいったの。「だけどそれは順々にやれば良いんじゃない? 、まず友達になる。お互いの家に行き来する。そうやってだんだん親友になって行くんと違う?」「そうね。でも……」「伊賀さん、ちょっとお話があるの。○○○○を買うからお金貸してくれへん?「いくらくらい?」「そうねえ、いくら持ってるの?」「四百円くらいなら。」「まさかこれ以上は要らないだろうと思って私はそう答えたの。だって○○○○は普通三十円から五十円くらいだったもの。「五、六百円要るんだけど。「なんでそんなに要るの?「うん。高いの買うねん。」「私は四百円しか貸せないけど、また友達に聞いといてあげるわ。  今から考えると、そんなにまでする必要なかったのに。ところでこれからもっと腹の立つ話になるんだけど、学校が終わってクラブに行こうとしたらKさんがやってきて「どうしても今日要る用ができたの。友達が待っているのよ。今日そのお金くれへん? 家まで貰いに行くわ。」そして私はどういう気になったかその通りにしたの。クラブを休んでね。――私、クラブが大好きで、どうしても休みたくなかったのに、Kさんが泣きつくやらおどすやらで、どうしてかそうしてしまったの。今考えても自分を叩いてやりたいくらいだわ。だって何もそこまでする義理はなかったし、クラブはどうしても出なくてはいけない時だったんだもの。でもそこで二人して家にもどりお金を取ってきて、ついでに私はノートを買わなくてはいけなかったので六十円貰って家を出たの。何故って途中からでもクラブに入りたかったから。そうしたらKさん、ジャスコまでついてきてねっていうのよ。もっとも○○○○は高いのになるとあそこらへんでしか売ってないけど。そして「電車賃は?」といって、私の持っている六十円をジーッと見るんだもの。もし途中に○○○○を売っている店がなかったら私ジャスコまでつき合わされかねなかったわ。そこで三百円の○○○○を買って学校へ赴いたの。そして私はクラブに馳けつけたんだけど、もう終っていたわ。そしたらKさんが、さっき買った○○○○をX君に渡してくれっていったの。私、いやだったわ。誤解されるんだもの。だから間接的に渡したの。そしたら怒ったの怒らないのって。本人に渡してくれっていったのにってね。一区切ついてから「裏から帰るの?」て聞いたから「裏から帰るんよ。」って答えた。だから二人で裏から帰ったら、そこらへん散歩しようっていうの。本人に渡さなかったお詫びに、だってさ。そしてそこらへんの店に行ってチョコレートを二五〇円も買ったのよ。一緒に食べようって。どうしても五百円以上要るっていうからノート代の六十円も一応貸しておいたのに。それで、「他の人の○○○○は買わなくていいの?」て聞いたら、(Kさんは二人の人に○○○○を買うって言っていたから)「うん、もういいねん。」だって。それにどうやら友達が持っているのも嘘らしいの。だってあれほど気にしていた友達なのにすっぽかして帰るんだから。後でもう一度お金のことを聞いたら、明日お母さんに三百円貰うからいいんですって。そんなに簡単に貰えるお金だったら……って思えてこない?それから私達はうら淋しい田畑を少しうろついたの。そしたらあたりは明るいのに日が今にも沈みそうじゃない?そこで私はもう帰る。ってKさんに告げたわけ。ところが今度はチョコレートを家に持って帰ったらお母さんに叱られるから食べてから帰るというの。そこまで付き合わなくても買ったのはKさんの勝手なのに。でも私はその近くの池の岸に座り、いくらかのチョコレートを食べたの。見ているうちに日は暮れたわ。そこで私は絶対に帰らなくてはならないってKさんにいったわけ。そうしたらKさんがいうには、「私、裏門から帰るのは初めてだからどう帰っていいか解れへんねん。家は堺なんだけど裏門から帰ると遅くなってお母さんに叱られるからこっちから送って行ってね。」その瞬間、私は”ゆかり”から”真理”に変わったの。あんまりですもの。私だってこれからすぐに帰っても怒られること間違いなしなのに。それをKさんと一緒に付き合っていたんだから。それに堺の方は全然知らないし、今居る所からさえ学校を頼りに帰れるかなってくらいだったの。「一人で帰ったらいいわ。」「送って行ってよ。」「嫌よ」「いいもん。私一人で帰るから。」遂にKさんはこういってむこうに向って一人で歩き出したの。その時私は悲しかったと思う? いいえ。私は嬉しさとほっとした気持のあまり、震えるような溜息を吐き、自分の家へと馳け出したの。妙に身体が軽くなったようなの。Kさんの母親は丁度アウグスツスの母親がしたように、自分の子への小さな願いごとをかけたんじゃないかしら。そのためにアウグスツスもKさんも不幸になったんだわ。その願いごとはこうよ。”誰も彼女に逆らえないように。”

一九七二年 二月二十四日
 今から書くことは誰にも言わないでね。花田さんの他は。こわいんです。怖くて怖くてたまらないから書くんです。これからここに書く事は皆本当のことです。実際に、今現在、出逢っていることなのです。実は……
 誰かににらまれているみたいで書けない。ねえ、福岡さん。福岡さんも私みたいに毎夜悪い夢にうなされて、その時見た夢がその通り現実になったらノイローゼになるわよ。はっきり書けば、A君の死も、未知の少年の怪我も(ホラ、朝礼の時、校長先生がいっていたでしょ?)私と花田さんには事前に解っていたの。―――夢でね。それが美術室の裏にある鳥居と、その鳥居と校舎を結んだ線上にある骸骨形の池などを考え合わせると非常におそろしい事実になってくるわけ。また気が向いたらもっと具体的に書くね。
 じゃあ、バーイ。  妖子

一九七二年 三月四日
 x+y=ax=bx=cx………………などと私は今必死で勉強していません。教科書も開いてないのが実情。でなきゃこんなもの書いているわけないよネ!何故って?これは私のささやかな反抗。いいえ、私は母とも父ともいさかいを起してはいないの。反抗しているのは自分自身へ。私は真面目に興味を持って社会の教科書を読んでいるの。題は「オセアニア。」ノートに沢山漢字を書きつらねているの。蝶、桜、鳳……云々。さぁ、明日の成績が楽しみよ。それからそれを見た時のお母さんの顔も。
 ひどい字、許してね。それに日記の書き方が前と変ってやしないかと心配なの。だってあれから色んなことがあったのですもの。
 嬉しいこともあったのよ。そのベストワンは、スリ(杉山さん)と夏、祖母の実家へ祖母、弟と共に一週間泊りに行くことが本決りになったこと。ちょっと子供っぽいかな?けれど私はそこへ、大人になりかけた子供、としてではなく、まったくの子供として行くつもりだもの。そこは山奥で、祖母から聞くところ、木登りに最適な大木がいっぱいあるんですって。私達は一日中外に出て、木陰に座り、ゲーテの詩を朗読し合い、冗談をいい合い、笑い合って楽しもうと思っているの。けれど弟がムードをぶちこわしはしないかと、とても心配……。

一九七二年 三月某日
 少しばかり憂欝な日。悪いことばかり起る日。明日が今日ほど悪い日でないように。明日は英語、家庭科、音楽。やる気なくしちゃうな。今日はすごく悪い日だった。もし自転車でもあったら散歩(いえ、散走)して気分転換したいんだけど、おあいにくさま、自転車がございませんので、家で勉強している他ないの。佳冬じゃないけど自殺したくなってきた。明日学校へ行きたくないな。何故かと申しますと、実は〜〜〜というわけで、ああなって、こうなって、そうなって……というわけなの。まったく以て腹が立つのだ。と一人で怒ったってしょうがないけど。
 友に裏切られしこの心、悲しく沈みて……あ、花田さんがきたわ。じゃバーイ。

一九七二年 三月九日
 地球には悪があるの。地球には不可解なことが沢山あるの。ところで「悪」って一体何なの? 一般に、人の心又は身体を傷つけることを悪いことだという。けれどももっと深い所で、もっとずっと恐しい何かが蠢めいている気がする。それが真の悪だと私は思うの。それは一体何なのかしら?
 地球には公害があるわ。戦争があるわ。けれど私は、これを他人ごとのように遠くから眺めることしかできないの。それをなくすのは人類の為だということは解る。けれども星のきれいな夜、空を眺めてごらんなさい。この宇宙に比べてみれば、人間はビールスより小さい生物だわ。目に見えないほど小さい生き物が、小さな星の中で蠢めき、互に殺しあったり傷つけ合ったりしている。自分が少しでも良い思いをするためにね。何か滑稽じゃない?
 人間の心は実際は穢いわ。いつも自分が一番になりたくて、自分だけが幸せになりたくて苦しんでいる。真の悪は人の心の中にあるんじゃないかしら。その人間の心が一番恐ろしいものなの。

 学校の話題
 今日Kさんにめでたく(?)三一五円を返済して貰いました。♪♪♪♪♪♪♪♪♪(ベートーベン作曲喜びの歌)
 ところで今日の送別会、面白かったネ。歌が多かったようだけど、やっぱりそれは音楽部が一番。さすがきれいだった。H君の落語も面白かった。本職の落語家みたい。テレビに出たらいいのに。
 ところでテストどうだった? 私は国語を例外として他は悪かったの。奇数組の数学テストはすごくむずかしかったらしいわ。殆どの人が全部できなかったらしいの。(もちろん私もその例にもれず)数学なんか返して貰いたくないな。だって五〇点以下だという確信<?>があるんだもの。社会も絶対六〇点以下。(本当のことを申しますると、私六〇点以上とったことないの)最後の頼みの綱は英語。しかしこれも無理だろうね。アーア、こんどの平均、五二点だ。
 ところで――と。Kさんとの深刻な話って何だったの?「ねぇ。親友になってくれへん?」……そういうような予感がしたんだけど違ったかしら? ちょっと話がずれてきたので。

 妖子からまどかへ。
 超能力者の話題。 スリ(杉山さん)の悪い予感は必ずあたるの。テストの点、もすごくよくあたるわよ。それは筆跡で解るんですって。私も数学のことを考えながら横書きに字を書いてスリに見せたら、大たい七〇点前後でですって。また、その数学のテストに関して悪いことが起るんだって。さらにまたスリは、テストを全部返して貰うまでは親に見せない方が良いって忠告してくれたの。
 そういうことは私自身にも少しあるのよ。私、指先で色が解るの。少なくとも冷い色と暖い色の区別はつくわ。本当よ。
 それから例の夢の件。K君が死んだとき、私、詩にも書いたように相当ひどいショックを受けたのよ。何日か後、ある女があることをしなければその人をK君と同じ目に合わせるという夢を見たの。それから暫くしてA君が死んだのよ。次に花田さんが私の夢のと同じ女の人が、ある人にすごい傷を負わせた夢を見たの。その次の日、男の子が自動車に轢かれたの。命は助かったわ。最後に私は例の女が男の人を誘惑する夢を見たの。(変な意味じゃないのよ)もう少しで成功するって所で夢が終ったの。そしたら男の子が自転車を置いて逃げて、命からがら助かったって話を聞くじゃないの。そういうこと私すごく好きなんだ。でもこう何もかも符合すると何だか恐い。だって超能力者で幸せな人っていないんだもの。

――参考――
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一九七二年 三月十二日(日曜日)
 日曜日はいつも憂うつな日。なぜかは知らねど心佗びて、いつも頭が痛くなるの。けれどうっかり頭が痛いともいえないのだ。ピアノに行きたくないからでしょう、とか、勉強したくないからでしょうとかいって、怒られるだけだもの。そこで私はおとなしく教会へ行き(ここではバカを見た)ピアノへ行き(さんざんしぼられた)そして今これを書いているのであります。先週はとても友人のことで悩みの多い週だった感じ。今週はそうでないように。
 もうすぐ二年生。この一年を返り見て、私達の心がどんなふうに変ったか考えるのに、良い時期ではないでしょうか。私は以前にくらべて社交的になり、かつ、おとなしくなりました。以前に比べて、人間の心というものをよく知るようになりました。小さなことで心が如何に大きく傷つくか。ということを学びました。人がその友人に何を求めているか、ということもある程度解るようになりました。それは人様々ですが、ある人は真面目に話を聞いてくれる人を望み、ある人は冒険の仲間を望み、またある人は自分に忠実であることだけを望んでいます。この一年、私は自分の前に理想の女性なるものを掲げ、それに向って努力してきました。いくらかその目標に近づいたと思うと、私の心は喜びで満たされます。この一年、私は真にキリスト的な愛と献身を求め、その一端をつかんだような気がします。この一年、私は冷静と落ち着きと、何よりも本当に心の合う友達との語らいを見つけました。この一年、私は心から笑うことを覚えました。初めての中学校生活。これが私にとって意義深いものになるように私は願います。私は二度と帰らぬ中一時代を後にしてゆくのです。

一九七二年 三月某日
 赤軍派って哀れだと思うわ。あの人達にも初めは美しい理想があったはずよ。国家を良くしようとか……。それがいつのまにか殺人者の集団になってしまって。新聞を読んでいると、永田って人、精神異状じゃないかと思えてくるわ。あんなひどいことが平気でできたんだもの。どうも警視庁の檻よりは精神病院の檻の方が似合っている感じね。 けれども…(と、またいうのはあまのじゃくでしょう?佳冬よ、こんなことをいうのは)赤軍派がどうであろうとも、永田が日本に五百人居ようとも、公害で空が汚染されようとも、その為に人類が絶滅しようとも、太陽は相変らず東から登って西に沈むでしょう。戦争で地球が砕けようが爆発しょうが、シリウスは昨日と同じように輝き続けるでしょう。星たちと人間を比べてみる時、人間は何て小さく、はかないのかしら。別に地球が爆発した方が、人類が死に絶えた方がいいっていうわけじゃないけれど、そんなわけで公害とか戦争とかいわれても、どうもまともに受取れないの。福岡さんみたいに、そのことをまともに考え、詩にでも書けたらいいのにな。私は不真面目なのだ。

  青白く冷酷に
  氷よりも冷たく下界を眺めている星
  そのひえびえとした光を
  私は愛する。
  私の心はあまたの星よりももっと冷たく
  佗びしい。
  だから私は
  青く冷い星を愛する。

一九七二年 三月十七日
 シモーヌをどうもありがとう。お礼に私の好きなグウルモンの詩を貴女に捧げます。
 それからまた、私の詩「夢から夢へ」を好きになってくれてありがとう。あの詩が好きになるほど私の心を解ってくれる人はまだ一人も無かったの。花田さんでさえ「悲しいから涙を流してはいけないなんて、おかしい」と笑ったのよ。ワァ〜〜ン!
 私は時々、今までの記憶のすべてを消すの。というか、消したつもりになるの。そして、今までの自分から抜け出して、あらゆることに自由に空想をはばたかせるの。常識を超越して、本当に夢のようなことを思うのよ。きっと私って、よほど変っているのね。そんなことをして馬鹿みたいでしょう。いつもそういわれるの。けれどあの詩は、そういう夢の一部分なのよ。

 私は今「海から来た妖精」を読んでいます。私、この本のタイトルを借りて、「森からきた妖精」を書こうと思うのよ。「海からきた妖精」というのは……と説明するのはめんどうくさいから、明日持って行く。けれど美しい童話を期待しないでね。その本(?)は私宛てに書かれてはいるけれど、大人向きみたい。でも人生の真髄にふれる気がするわよ。(ちょっとのりすぎかな)

一九七二年 三月二十一日
 私はいつも目標を決め、それに向って進んでいるのよ。今のところその目標は≪責任感を身につける≫≪冷静になる(これが最大の目標)≫≪自分のことを人に語らない≫など。それが完全にできるようになったら最高なんだけど。そしたら後は成績をあげることだけね。私はいつも組で四、五、六番をうろちょろしているのよ。がんばらなくっちゃ。
 ジェーン・エアを読み返してみて、とても素敵だ。と思った所を写してさしあげます。

一九七二年 三月二十三日
  女が私を見つめている。
  ――いつも見つめている。
  瞳の無い目で見つめている。
  どんなにか、私はその目から逃れたかったろう。
  本を読む――女が見つめている。
  手紙を書く――女が見つめている。
  何もいわず、ただ見つめている。
  壁の奥からじっと見つめている。
  ある日
  私は女と背景を壁からひきはがした。
  ――女が見つめている。
  滅茶苦茶に切り裂いた。
  特に目の所を念入りに、細かく切りきざんだ。
  女の居なくなった部屋は、いつもよりずっと白かった。
  勝利に酔い痴れた翌朝
  私はせいせいしながら教科書を広げた。
  ――女が見つめている。
  壁の奥から見つめている。
  いつものとうり、見つめている。
  女の絵は焼いたが
  女だけが壁に残って
  ――私を見つめている。
  死んでからも見つめている。
  永久に見つめている。
  
 何故かふと、モジリアニの「黒いネクタイの女」に恐怖をおぼえたの。だって瞳が無いんですもの。気持が悪いの。

一九七二年 三月二十七日
 笑い疲れた、悩みの多い日。一緒に帰ろうという友を断って、たった一人淋しげな野の道を行きます。私は独り、独り……。あたりには誰も居ない。自分の感情に浸りきる瞬間私は孤独です。父も母も居ません。学校からの帰り道の僅かな時間は、夢の神殿に捧げられています。肉体を離れて……。汝にはこの思い解るまじや?(つまり、こんな感じしたことある、まどかは?)
 まどかにおすすめします。見知らぬ土地を歩くことを。たった一人で歩くことを。孤独は大きな慰めです。(アッ、ゴメン。一人歩きは嫌いだったっけ)
 ある早朝、何のあてもなしに自転車に乗って家を出、羽衣駅の前まできて、ふと思ったのです。外国人の孤独を味わいたいって。そこで私は、線路添いに続いた道を、どこまでも走っていきました。何時間かを走り、線路からはずれて道に迷いそうになりながら、“たった一人”の自由を思いきり満たしました。友人は一人も居ない。知人もいない。たよりになるのは私だけです。石津川の近郊をぐるぐるまわりながら、道に迷い道を忘れるその度に、“自分”が何であるか、はっきりつかみながら、小さな旅は終りました。そうです。これは私の小さな旅のお話です。

一九七二年 三月三十日
 貴女は日記をつけている? それともつけたことがある? 私はつけても続かないの。日記を書くことはいいことだし、つけたいことも沢山あるし、実際につけるのも楽しいと思うのだけれど、続かないのはそういう意味ではないのよ。つまり、つけ始めて半年と経たないうちに、父母や友が私の日記を見た、あるいは見た形跡を発見して、前に書いた日記の頁を全部燃やしてしまうの。そして、二度と日記などは書かないと心に誓って……また始めるの。そしてまた見られたかも知れぬ形跡を発見してやめてしまうの。なんだか馬鹿みたい。


昭和47年 中学二年

一九七二年 四月一日
 エイプリルフール!!
 祖母は病気なので、今年は母に嘘の集中攻撃をしているの。まず起きてきて、「おばあさん、とても悪そうよ」と母を心配させ、それから雨戸を開けて「雨戸がつかえたから手伝ってよ。」と見に行かせ、次に……もう書かないけれど、今日は家中に笑いが満ちあふれているみたい。

一九七二年 四月六日
 明日は始業式。嬉しい?私はすごく嬉しいの。(家にはうんざりしたから)けど、不安。(もし嫌な人と同じ組に…?)複雑な心境ね。私の理想の組は、国語の先生担任で、J子さん、H子さん、M代、M代、M子さんがいて……こんなに書いてちゃきりがないみたい。だって、とても沢山の人と一緒の組になりたいんだもの。

一九七二年 四月十日
 私の組には友人が一人も居ないの。それに一通りまわりを見まわしたところ、友達になれそうな人もいないみたい。(この友達とは親友のことよ。)何というか、一人ぽっちなのだ。それに時間が終る度に前のクラスの友と遊ぶわけにはいかないでしょ?やっぱり旧一年三組には真実の友はいなかったみたい。まどかの担任はいつも国語の先生ね。ちょっぴり羨しいカンジ。何故、私は本を読むのが好きなのかしら?何故私はある種の本を読むと、自分もこんな風に書きたいと感じるのかしら?
 心の中のものすべて吐き出したいわ。一人の親友に。真実の友に。友達のこと。恥ずかしかったこと。父のこと。母のこと。それから好きな人のことも……。この頃では私は何が好きなのか解らなくなっちゃった。黙っているのは辛いわね……何もかも書きたい!けれどいえば軽蔑されるかも知れない。私と同じことを悩んでいる人は何処にもいないのかしら?私の心を解ってくれる人は?私は変りすぎているのよ。そこで運命の女神は、それをさらに完全にするためにあの人をこさせたのだわ。
 四才の時から私は変っていたみたい。女神様。私は幸福でなくていい。ただ人並に一生を送らせて下さい。ごく平凡に……。せめて他人にはこんな思いをさせたくない。身を入れて聞き、同情し、同意し、人を傷つけないようにしょう。こんな決心の中から生まれたのは小さなやさしいゆりかです。ところで心理テスト協力ありがとう。何かまどかってとても個性的で誰とでも仲良くなるってことはないみたい。

一九七二年 四月十二日
 今日はまったく時間が無いんだけど、必死で書くね。私は三十才以前に死にたいの。青春――人生の中で最も楽しい時――のただ中で死んで行きたいの。この世って、何か虚しいわ。だから今死んだって決して悔は無い。私が真剣に自殺したいって思ったのは八才の頃なの。それから四年の時、いつも自殺したいと考えているくせにナイフも持ったことがないなんて……と思って、一度それを持ってみたことがあるの。ご心配なく。死ななかったわよ。正直いうと急に現実感がこみあげてきて、こわくなって……。どうせ死ぬつもりじゃなかったんだもん。けど我ながら恐ろしいと思う。あの頃がこれまでで一番辛い時だったと思うの。だってそれからあの頃ほど不幸だったことはないし……ね。実際、あの時の環境は、子供のものとしてはひどいものだったと思うわ。それから六年の時、自殺したほうがいいと思って――眠って自殺する夢を見たことがあるの。中学生時代は今のところ昔の何十倍も幸福だからそんな心配は皆無だけど。私ってどうしてこんなに変っているのかしら?平凡で、清らかで、絶対人の心を傷つけない少女になりたい。私のように辛い思いをする人がいないように……。(ゆかり)

 私、花田さんとそうだったように、まどかとそうであるように、とても親しい友は一組ではできそうにない。私に好意を示してくれる人はいるのよ。Oさんは帰り誘ってくれたり四つ葉のクローバーをくれたり、妙に親切にしてくれるし、Bさんも事あるごとに私を誘ってくれるんだけど、私に合う人は一人もいないの。BさんとかOさんとかは、私と合うんだけど、私に合わないの。つまり、私は自分がOさんたちと合うように“おしばい”はできるの。だけど私自身――本当の私自身にピッタリあう人はいないわ。私は顔を赤らめずに平気で好きな人のことを聞くこともできるし、ちょっとほのめかされただけですぐ赤くなることもできるし、一度赤くなってもすぐ元にもどることができるし早口でせっかちに大阪弁を使うこともできるし、東京の人みたいにきれいな言葉でおとなしく話すこともできるの。つまりすべて自由なのよ。それで私自身にはどれが本当の自分か解らなくなってしまったの。ところで私はゆりかになることに決めたの。けど困ったことが出てきたの。私は――ゆりかはその人がどんな話相手を望んでいるか解ると、その人が望んでいるような人になろうと思って、結局“お芝居”をするはめになってしまうの。“お芝居”なんていうと聞えが悪いけれど、私には色んな性格が少しづつあって、ゆりかの命令でそれがその時々に顔を出す、といったらいいのかしら。とにかく、色々な性格が少しづつあるということは、演劇をする面ではいいことなのだけれど……それにしても……。

一九七二年 四月十四日
 信仰について。
 私は神を愛しているの。少くとも父や母以上に愛しているの。それは損得からではなく、神が未知の世界のものであるから愛しているの。この頃時たま神が存在すると思うことがあるわ。そんな時、私は幼い頃の信仰を少し取りもどしたような気がするの。私が教会に行き始めたのは三年の四月。神の存在を微塵も疑わず、聖書を読むごとに自分の罪を考え、毎週まったく無邪気に心から神に祈ったわ。≪神様、私をお許し下さい≫と。私はキリスト・イエスより神を多く愛したわ。何故なら神は良き父であり、私の心のすべてを知っていらっしゃるもの。私の悩み、苦しみをすべて理解し、なぐさめ、私の罪を許して下さるの。私は何時でも何処でも祈るの。
 六年の頃、私、教科書を忘れたの。その時にはそれを友に知られるのが耐えられなく思えたのよ。そこで校庭で祈ったの。≪神様、どうか教科書を忘れたことで恥ずかしい思いをしなくても良いようにして下さい。しかし私の思うまゝではなく、み心のままにして下さい。もしも私が恥ずかしい思いをしなくてはならないのなら、み心の通りになりますように≫そうしたらその日先生が病気でお休みになったの。でもそれから私は忘れ物のことで祈るのはやめたわ。そんなありふれたことを神様にお願いするのは神を穢すような気がしたの。それからも時時御祈りしたけれど、たいてい神様は叶えて下さった。だから私は神のみ心に添うように、できるだけ清く美しく生きることにしたの。それは私が神を愛しているからであり、神を信じ、神によって生きたいと思っているからなの。

 追伸
 心が痛みます。――何故でしょう? もう終ったはずのことなのに、涙が目からあふれます。――何故でしょう? もとに戻った心なのに。
 愛を失った私……昨日までの悩みが無くなった代りに、愛を一つ失いました。私からの愛、心からの愛。からっぽにしたと思っていた心に、苦い薬が残りました。
 三日しか続かなかった、かげろうのようにはかない心。私はこんなに飽き易いのかしら?
 いいえ。その心の下をごらんなさい。十三年間、父母を愛し続けた心は一度もとぎれなかった。スリへの愛、まどかへの愛、自然への愛。
 だから、もう一度周囲をよく見て、友を選びなおしてごらんなさい。きっと私の心に答えてくれる「真友」が見つかります。

一九七二年 四月十七日
 ゆりかと佳冬、真理、妖子、真奈美の他に夢津美を加えようと思います。佳冬を二つに分けたものよ。大人っぽい空想の持主を佳冬、無邪気なのは夢津美。ところで今は夜

 天鵞絨のような夜は
 そっときて そっと帰る
 私のただ一人の友達です。 佳冬
 夜に入って行きたいの。
 けれど無理よ、夜ですもの。
 だあれも入れない。
 人間が夜に入ったら
 帰ってきても人間じゃない。
 涙でもない。  夢津美

 今日、すごく頭が痛いので早くから寝ているの。もしかしたら明日休むんじゃないかしら?

一九七二年 四月十八日
 病床にて。
 何か今日は半分ズル休みしちゃった感じ。
 私は大人が信じられないの。父も…母も…弟さえも…。父は一度、母は三度もプライバシーの侵害をしたのよ。だから私は父をもはや尊敬していず、母をもはや愛していないの。悲しいけれど真実よ。
 それにしても今日は学校に行かないで助かったわ。だって体育は私のもっとも不得意な「走り」だし、家庭科のテストはあるし……。昨日はそのせいで頭が痛かったのかなぁ?
 あれに聞えるは祖母の足音だ。じゃバーイ。

一九七二年 四月二十二日
 群衆について――
 夜七時半。天王寺のステイションを歩きながら、丁度ラッシュ・アワーが過ぎた頃で、まだ沢山の人が居た駅。その人は皆歩いていたわ。だからたちまちにして私の視界から消えていった。その一人一人の顔を見て私は思ったの。この人達は皆それぞれ悩みを持っているのだわ。その一人一人の悩みや苦しみを聞いて、力になってあげたい。心の中に蓄積しているものをすべて人に話したら、その人はどんなにすっとするでしょう。そうすれば私はその人にとって“役に立った”ことになるのよ。そんなことにも気付かず、ただ見ず知らずだということだけで人を信用せずにいる。人間ってあわれ……
 八時半。東羽衣のステイションに花田さんと二人で立つ。『さようなら』という五つの発音が私と花田さんの口の中で形成され、足跡も残さず消えてゆく。向うを向いて歩いていく花田さんの姿は、群衆に包まれ、花田さん自身、もうそんな群衆の一部分になり、去って行く。――去って行く。

 それから今日、私が花田さんにいった言葉。私は時々花田さんと、こういう会話をするのだけれど、いつも忘れてしまうの。鳳から東羽衣への電車の中でのこと。夜、美しい光がいかにも無雑作に散らばっていたので、私は花田さんに話しかけたの。
 史 きれいね。
 花 そうは思わないわ。
 史 何故?
 花 あれは臨海工業地帯の光よ。灰色の空の。
 史 でもあれは美しいわ。
 花 私も始めはそう思ったわ。でもあれは海を汚しているのよ。
 史 けれど……
 花 私は人工の物ではなく、自然の物が好きよ。
 史 私だってそうだわ。
 花 そうじゃないわ。
 史 あの光は、外から見て美しいようにと作ったんじゃないわ。それなのにあんなに綺麗じゃない……。
 ……後なんかゴチャゴチャ言ったんだけど、私が本当にいいたかったことはまだ言ってないみたい。私がいいたかったのは、たとえそれが海を汚している光だからといって、その美しさを無視するのはおかしい、というようなことだったのに。

一九七二年 四月二十三日
 モナ・リザの微笑、および現代絵画について。
 モナ・リザの微笑を見ていると、時には美しいと思うし(顔じゃないわよ)時にはうす気味悪くなるの。神秘的な感じを、全体の暗い色調が一層強めているみたい。この作品にはあまり共感をおぼえないの。勿論モナ・リザに口ひげを描き加えたデュシャンのような反逆精神もないけれど。
 私はいつもシュルレアリズムの絵を画くの。シュルレアリズムというのは、それまでほとんど省りみられなかった意識下の世界を絵に表わすことなの。(と本に書いてある。)私は想像画が好きで五月頃から画き始めていたのよ。それで、あの画家、この画家と調べて喜んでいたら、ダリの「建築的なミレーの晩鐘」という絵にぶつかったの。そしてその絵は、私の書きたいと思うようなムードにぴったりなの。それ以来スペイン生れのダリに夢中になってしまったのよ。「十字架磔形」「抽出しのついたミロのヴィーナス」などもその他の本で見つけ出したの。少し暗い絵だったけど、それでも好きなのよ。私の傑作(?)は、砂漠の中に三角柱の塔がそそり立っている絵。まわりには焦げた木、コンクリートの破片、殷れた電球などが山のように積み重なっていて、恐しい自然の災害のあったことを示しているの。けれど上にいくほど細くなっていく巨大な塔は、傷一つなく、今できたばかりのように美しく完全なの。砂漠の彼方には黒い人影があって、塔の足もとから鶏のような足跡を残して去っていく。空は緑色で、小さな燈々色の太陽が浮んでいる。
 学校で想像画を画いた時、この絵を出したら何故かもどってこないの。バカにされたような感じ。

一九七二年 四月二十五日
  私は今「白露日記」を書いているの。一三才の記録よ。
 『青年がその年齢において失敗しないやり方は、その年齢に特有の豊かな情感や情緒や、若々しい不安や動揺などを、幼稚だとか甘いなどと考えずにそのままで定着させることである。』(伊藤整著「小説の書き方」から)
 だから私はその教えに従うわけ。それに少女小説を書くことは十一才の時からの夢だもの。今日はもう遅いので。バーイ。

一九七二年 四月二十七日(木)
 ヴェルレエルの「X夫人に捧げる歌」を全部暗記してしまったの。ところで私だったらその告白は次のようになります。
 私が男としてまどかへの恋文
 僕には今までどうしてもトロイ戦争が理解できませんでした。しかしもしトロイのヘレンが貴女ほど美しい女性であったのなら、あの英雄達の勇ましい行動は当然といえるでしょう。美しい……いえ、貴女に美しいなどという言葉はあてはまりません。あまりにも平凡すぎます。華やかで、それでいて慎しみ深い。それを表わせるのは、あの古風で美しい「あでやか」という言葉だけです。
  (白樺の恋)

 私が女として将来愛する人に(Who!)
 貴方を知ってから私は自分を失いました。昼は貴方の姿を夢見、貴方と一緒の自分を想像し、夜は貴方のことのみ夢に見ます。私の心の白薔薇は恋の炎に染って真紅になりました。噫、その炎は、私の身体まで焼き焦がそうとしています。どうかこの胸の痛みを解って下さい。私の愛を受け取って下さい。愛しているんです。
  ひたすら愛する女

 ――なんてことは書かない!
 もしも大人になってからの恋がこんな馬鹿らしいことを書きつらねるものだとしたら、私大人になるのをやめるわ。私の告白は、相手の前に立って相手の目を真すぐ見つめて、率直に「好きです。」というだけよ。そしてそれから後はそのことに一切ふれず、実のある話をするわ。
 思うにね。私と同じ年頃の友達は、男の子の性質、気性も知らずに顔だけでよく好きだの何だのいえるわね。いいえ、好きなのはかまわないけど、激しいのになるとその人の夢を見たり、その人のことばかり考えていたり…Xさんなどは好きな人が見えるというので、休み時間中ずっと外ばかり見ているの。外側だけで好きになったんではちょっと馬鹿みたいじゃない? 私も今までその馬鹿みたいな少女達の一員だった。けれど右に書いたような(白樺の恋)(ひたすら愛する女)なんてのは絶対に書けない。一年前の私でさえ、そんなことは書けなかったでしょう。そんな言葉をやり取りしている男女を軽蔑します。

 神は私を笑うようにはお作りにならなかったらしいわ。私、笑うとすごく疲れるの。ためしに一日中笑わないでいてみようかしら。私は笑いを伴わないユーモアなら好きだし、自分でもスラすら言えるけど、三十分くらいならまだしも、一日中笑って暮すなんていや。第一冊から第二冊めの私の交換日記の書き方ひどいでしょ? 無理に笑おう。笑わせようとしていたらあんな風になるんだわ。もう疲れた……笑うのも、ほほえむのもいや。
  悲しみのゆりか

一九七二年 昨日の次の日の金曜日
 赤い表紙のノートを、私は一体何度開き、何度閉じたでしょう? そのノートには私の最上の物語、小説が載るはずでした。これは、実はある人に見せるはずのノートなのです。その人は、私と同世代の少女ではありませんが、私にとって大変重要な意味を持っている人です。けれど、そのノートにたとえ一字でも書こうとする度に、何かが私の手を止めるのです。ああ、私は今までどんな小説を書いたでしょう。傑作と呼べるほどのものが一つでもあったでしょうか?
 過去の小説は何とくだらないものだったでしょう。それを書きなおすのもくだらない仕事です。こんなものはあの人には見せられません。新しい小説を書く? 無理です。私は知っているのです。今書いた小説も、未来の私から見れば拙なく、くだらないものでしょう。私はあの人に才能を認めてほしいのです。それには長い頁数と、適切な言葉の使い方、文法の正しさ、それに素晴らしいプロットが必要です。ところが今私の頭の中にあるプロットは平凡なもので、けして奥行を見せません。だから何も書けないのです。一ヶ月後、いえ一年後、あの人は私に作品を見せてくれというでしょう。それをいわないことを私は欲しません。でも……

一九七二年 日曜日
 <誕生とは何か>
 議長 誕生について考えてください。佳冬から順にどうぞ。
 佳冬 誕生とは死に近づくことだと思います。死への第一歩。それでいて誕生は美しいのです。
 ゆりか 私は出題者に問いたいと思います。誕生とは、植物のそれでしょうか。人間のそれでしょうか。それとも家具、車などという人間の造化物のそれでしょうか? 佳冬は人間の誕生について発言したようですから、私もそれについて言います。誕生とは“生”の始まりであり、祝福されて然るべきものだと思います。
 真理 誕生とは一つの苦しみです。その苦しみは人間が地上に表われる前にさかのぼる深いものです。
 真奈美 誕生とは肉体を得た魂です。
 妖子 誕生……それは不安と恐怖と喜びのまじった神秘な何かです。
 夢津美 誕生とは人生に一度しかない死と生の一瞬のつながりです。女神が開いた小さなドアから魂が入ってくる僅かな、ごく僅かな「時」です。

一九七二年 五月二日
 この頃私は授業中全然真面目にしないので恥をかいてばかり…。何故かと申しますと、授業がすごくたいくつなので、現実に戸を閉ざして想像の王国で遊んでいるからなの。今日もMが帰った後で、Mはこの椅子に座ったかな?Mが座ったのでなければ誰かが座ったと思ったんだけど誰だろう?なんて、床に座りこんで考えこんでしまったの。結局その椅子は誰も座らなかったのよ。少くとも目に見える人はね。私は空想の世界と現実の世界との間の扉を作ったけれど、ただ一つ失敗したのはそこに鍵をつけなかったことなの。だから風が吹くとすぐにその扉は音もなく開くのよ。
 この間ジイドの本の中に現在の私にピッタリの言葉をみつけたの。モラリスト(人間探求者)。私はモラリストよ。
 私の一番やっかいな訂正しようのない欠点は、自尊心が強すぎるということなの。もっとも私の事を一番よく知っている祖母は、私が自尊心が強い、というより、もう既に大人の自尊心を持っていると、一年前に言ったのよ。私は大人の自尊心を持っている方がいいわ。だって自分に訂正しがたい欠点があるなんていやだもの。一つ一つ自分の欠点をなおして行きたいの。けれども今日その自尊心が顔を出して、私は貴女の家に手紙を取り戻しに行ったのよ。そうしたら≪時すでに遅く≫手紙はなかった、というわけ。
 ――個性について――
 個性的になりたいという願いは、ある程度私の中にもあると思うのよ。けれど私は少し変り者すぎていて、誰も私の中にある特異な性格を解ってくれないの。もうせっかくの友情にひびが入るから私はそのことを言うのをやめにしたけれど、それを解ってくれる人が理想の友達だわ。誰にも打明けられないなんてすごく辛いのよ。だから私は平凡な人間になりたいの。打明けられないことが無い人間にね……。

一九七二年 五月七日
 私のペンネームを少し変更します。私の中の色々な人たちはだんだん性格をはっきりさせてきたけれど、そうなってみると私の想像したのとはまるで違うみたいなの。妖子、夢都美を削り、妖子の代りに炎子を入れさせていただきます。それで私の中の私は、影山佳冬、秋野真理、白崎ゆりか、高田真奈美、水沼炎子の五人になったわけ。

 私は人を観察するのが好き。いとも簡単に嘘をいう人があるかと思うと、誠実すぎて損をしている人があるわ。私のような目(この頃はあまりそうではない)を持った人は、人の心を読み取ることにすぐれているんだって。時々直感的にその人がどんなことを思っているか、どんな嘘をついたか解るの。証拠はないけれどね。この間もMさんはごくあっさりと嘘をついたわよ。嘘にも色々あるのね。自分のわがままでつく嘘。人をなだめる為につく嘘。虚栄心のためにつく嘘。自尊心のためにつく嘘。エトセトラ……。

一九七二年 五月九日
 今日、今、さっき、“敵”に遇ったわ。その人は私との仲なおりを望んでいるんだけど、炎子と佳冬が承知しないの。炎子は高い自尊心と激しい心から。佳冬は自分の孤独を荒されるのを恐れて嫌なんだって。このことには真理は全く無関心。私は自転車に乗っていてその人は歩いていたの。私は勿論その人を追い越さなきゃ走れなかったので、遠くを見据えて追い越した瞬間、真理がその人を見もしないのは卑怯だといったので後ろを振り向いてその人を正面から見据えたの。そうしたら、まあどうでしょう。ゆりかが(彼女はいつもその人に変らぬ同情を示しておりまして)私の目に優しさをこめてしまったの!! ひどいじゃありませんか。私は許す気なんか無いのよ。(と怒っているのは炎子)。敵って誰かって?それをいえば真理(彼女は卑怯者が嫌いなの)は、私と口をきいてくれないわ。いいえ、ききすぎるかも知れない。すごーく叱られるかもしれない。だって真理はいつも正しいんだもの。

一九七二年 五月十一日
   断片
  小さな時間
  秒針は飛ぶ。
  夢の国のオーロラは
  遂に来ない。
  永久に来ない。
  私の心に燃えている
  黒い炎は危険です。
  だから行ってください。
  もう向うへ行って下さい。
  この炎は危険です。

 「ああ、行ってしまえ。みんな根こそぎ流されて」(山口洋子)
 今日はまったくやりきれないので、ノート一頁無駄使いさせて。

  疲れたので 星へ行ってきた。
  けれど一番冷い星さえ私には熱すぎて
  もう何もせず
  苦しんでいたい。
   炎子

  この苦しみが癒えるものなら
  魂だって望みのまま
  さあ、どうぞ!
  天使も悪魔もきてください。
  高い値段をつけた方に
  そっくり売り渡します。
  ああしかし
  それでも私の苦しみはなくならない。
  真二つに引き裂いてハートを持っていたって
  私の苦しみはなくならない。
  どす黒い血の塊が
  炎のように激しく 私ののどをふさいでいる。
  今私は、すべての人を憎む。残酷にも!
  彼らが私を憎んでいるから。
  そうだ。憎め!
  あの日は血の雨が降っていた。
   炎子

一九七二年 五月十六日
 まどか、ごめんなさい。非常に悪いと思っています。実は書いたところを余儀なく破り捨てなければならなかったの。へんなことを書いてしまったから。それに、今日はもう書く時間がないわ。いつもあんなに沢山書いていたのに。(というほどのこともない)中間テスト必死よ。私のお母さん、絶えず来ては、私が勉強しないでいるので角を生やして怒っているの。私の勉強はとても広範囲にわたっているので、お母さんには解らないのよね。

一九七二年 五月十七日
 もうすぐ中間ね。勉強しないよう頑張ろう。でも少しはすると思う。だって私の中の炎子はすごく負けず嫌いなんだもの。

  虎

 そこは霧の深い、不思義な街だった。ある日その街を歩いていると、急に一軒の家にひっぱりこまれた。彼等は私をひっぱりこむとすぐ、ただならぬ様子で雨戸を閉め、ドアに鍵をかけた。私は雨戸のふし穴から、そっと外をのぞいてみた。十秒もたたないうちに霧の中から現れた虎の群。彼らはつい先ほどまで私の歩いていた道を走っていく。いつ果てるともなく霧の中から現われ、霧の中へと消えてゆく……。
 そのことがあってから何日かたち、また何週間かたったある日、私は青年とその街の廃墟を調べていた。すると急に黒雲がたち、稲妻が光り、地には妖気が立ちこめてきた。が尚も私たちはそこを立ち去り兼ねていた。遠くで叫び声が聞えた。「虎がくるぞう。」かずかだがはっきりと。人々は我がちに家の中に逃げこみ、戸を閉めた。しかし私は以前の経験で、虎がすぐにはこない事を知っていたので、ゆっくり小さな廃墟のかけらをハンカチに包んだ。街路に面して、くずれかけた塀となって美しい廃墟の一部分が残っていたのだ。その時、遠くに黄色い点が見えた。もう遅い、と悟った私と青年は、その廃墟の塀のかげに隠れた。先頭の虎は気づかず通りすぎていった。次も、次も……。彼らの走っていく時間は無限かと思われた。しかし全部の虎をごまかすことはできない。群の中の一頭が遂に私たちを見つけた。彼らは私たちを取り囲み、じりじりとせまってきた。
 私は青年を眺めた。彼は古いお話のように私を守ろうとするだろうか。否、彼は一人で逃げようとした。そこで私は彼を見切をつけ、たった一人で消えた。私の身体は透明になり、もはやその街に存在しなくなった。私は助かった。しかし彼がどうなったか? そんなことに私は一切無関心である。

 ごめん。今日は話ばかり長くなってしまった。またこの次、もっとまともに書く。

一九七二年 五月十九日 金
 試験勉強やる気なし。そこでやらないのだ。まわりを見まわすと、皆真面目にやっているのに……ちょっと場違いみたいね。昨日、我が組の秀才と、学校の勉強の必要性について討論しました。結果はご想像にまかせるわ。
 私は好きな人の無い人間になりたい。けれど無理ね。私は何かに愛情を向けなくては生きていけないのよ。でもそれは友達では満されないもの。まだ、「これが親友だ」って確信を持っていえるほどの友が見つからないもの。どんな友にも私は“言ってはいけないこと”を持っているの。友達になってどんどん進んでいくと、いつも大きな壁に突き当るの。壁に突き当ると、もうその友は親友ではなく、ただの友達になってしまう。そこにはどうしても“言ってはいけないこと”があり、しかもその“こと”は私の心の中ですごく重要な位置を占めているの。たとえば死について、空想について、その他文字では書き表わせない色んなことについて……。その壁の向うまで行ける友が真の親友よ。私と貴女とはまだそんな壁につき当っていない。不思義なくらいね。ある一事の他は何でもいえるの。それは好きな人のことではない。好きな人のことも、そのうち言ってしまうと思うわ。ところで本題にもどりましょう。だいぶ横にそれたみたい。好きな人がいないと、悩みが半分以上減るし、夜はよく眠れるし、いいんだけれどな。
 ところでまどか。悩みのために眠れず夜を明したことある? 私はまったく無いの。いつも眠くなるので自然に眠ってしまう。
 何か今日は本題からよくはずれるので、このへんでやめておくわ。

一九七二年 五月二十四日
 また新しく人を作るの。すごく白くて気高くて、自尊心の強い人よ。何て名がいいかな。
 明日二十五日、昼休み、重大な話があるので誘いに行っていい? 明日がこなければいいのに、と悩む。とにかく明日ね。

一九七二年 五月二十六日
 私は“例によって例の如し”という言葉は割合好きよ。何かユーモラスなものを感じるから。今日、嬉しいことが三つありました。それからファンタジックな詩を一つ書いて……。
 昨日の郊外学習、バカらしかったと思わない? バスに乗りに行ったみたい。けれどある意味では一年の時の始めての郊外学習と同じくらいのすばらしさがあった。そして今日も……。
 スリのいった一言が、私に勉強意欲をおこさせたことまちがいなし。そこで今から英語の勉強よ。国、理、英は負けるものですか。(誰に?)こんどの期末は絶対に勝つわ。スリに負けても貴女に負けてもかまわないけれど、絶対に負けたくない人も居るの。

一九七二年 五月三十日
 友達というのは悲しみの種なのか。それとも……?いえ、もう書くのをよします。この交換日記が、歴然と私 の力を低下させているなんて……。信じられないけれど、それは事実。何か淋しい。
 今日の帰りがけのことについて少し……。
 あの時、私は確かに真奈美だった。ところが丁度あの小屋が私達の間に立ちふさがった時、急に私は清子に変ったのだ。今日、私は自尊心を傷つけられすぎていた。悲しかった……。(傷ついたのは貴女のせいではない。)清子に変った私は貴女の方を見なかった。まるで貴女が地上に存在しないかのように前を向いてまっすぐ歩んだ。平然と私は養鶏場の方へ曲って行った。しばらく行くうちに貴女の走る音を聞いたように思った。けれど私はふり返らなかった。もちろん私は、いやゆりかはふり返りたかった。そこで彼女(ゆりか)は私にふり返れと囁き続けた。もう曲り角だった。私はためらった。そこでふり返るのは清子、魔波、佳冬、炎子にしてみれば不可能に近いことだった。そこでふり返るのは、あの人にだけ許されている特権なのだ。そのある人だけはふり返り、互に目で無言の別れを告げて別れていくのだ。私は九十度違うゴルフ場の方へ目を向けた。それが私に許された最大のことだった……。

 今日、朝、心の中でまどかに話しかけたの。
 ――今日、私、少し遅くなりそうだけど早く来る?
 すると
――まだ寝てるの。今日は相当遅くなりそう。
 こんな答が返ってきたの。朝七時三五分から四十分頃のこと。
 それから教室で隣の人と詩を書いたの。その中に帰りがけのことを暗示したような詩があったの。私、未来を予知したのかな? その詩は次の詩です。

   さようなら

  かすかな声がしたけれど
  ふり向かなかったのです。
  蝶の飛び交う 白い野に
  たった一人で居たかったのです。
  姉のような貴女を慕っていたから
  ふりむけなかったのです。

  何か不思議ね。

一九七二年 五月某日
 今日私は少し悲しい気分に浸っています。貴女が来るといつもそんな気持になる。いっそずっと清子で通そうかしら。そうしたら少しはこの悲しみが癒えるかもしれない。淋しさ……。貴女が私に少し話しかけると、私はとても悲しくなり、自分を悔蔑的に見てしまう。今日貴女が帰った後で、私は手で顔を覆って心で泣いていた。私が貴女を門まで送って行かなかったのは、その時の気持が抑えきれないほど高まっていたから。悲しい顔を見られたくなかったからです。いいえ、私は悲しそうな顔などしなかったでしょう。それを通りこして皮肉的になっていたでしょう。だから貴女があの時帰ったのは丁度よかったのかも知れませんね。

 心を傷つけられると私は不機嫌になります。それから自分で悲しくなり泣いてしまいます。私は何を信じたら良いのか解りません。貴女でなくてもいいのです。誰でもいいから私を救って欲しい。私はすべてをうち明けたい。セルフ・コミュニケーションには飽き飽きしました。けれど、ある友に何もかもを話したら、私はその友を憎むでしょう。何故なら彼女は私の弱みのすべてを握っている恐るべき人だからです。

一九七二年 五月某日
 床について今日で三日目。この三日の間に私は一つの別れ道に出逢いました。この三日間の経験が私をまた一つ成長させたよう願っています。けれど恐ろしい気がしないでもありません。私はあることに気がつき、もう決してそれから逃がれられないのです。今私は、一K米以上離れた所から見た、あらゆる障害物を越えて見たある光景について考えています。あらゆる空間を通して、時間さえ通り越して見た光景。貴女に話したい気がしないでもありませんが…おそらく話さないでしょう。けれどもしそれが本当だったら私はすべてを高石中二年の――と――に話すつもりです。

一九七二年 風の吹く日曜日の午後
 毎日ずっと寝ているのはすごく必死よ。交換日記でも書かなきゃやりきれない。あのヤブ医者(悪いことをしたな。彼日曜学校の校長先生よ)私が薬を大嫌いなのを知ってか知らぬかでか三袋もくれるんだもの。私の病気、公害に関係があるとか。(それしか聞かせて貰えなかった。)なんか楽しい。(といったらおかしいかな?)
 安静にするべく離れに追いやられたので、辞書、詩、小説ノート、教科書(これは大人を欺くため)ドロップ、ジェーン・エア(上・下)棺桶島、その他いっぱい沢山荷造りしてきたの。ちょっと重かった。ついでに鉛筆削りもよ。その他、さし、鉛筆、五円玉、タテ笛も……。タテ笛は鞄の中に入っていたのでついでに持ってきただけのこと。マンガを持ってこなかったのが不思議!!
 ところで、「あのこと」ってなあに?日記に書いたことよ。もしや……と誤解する。ところで誤解と解っていて誤解するのは一体何でしょう? 例によって例のごとく、貴女に答えていただきます。
 今日は沢山聞いたけど、すべてちゃんと答えるべし。とても重大しごくな問題もあるから。
 すごーく頭痛がするのでこれで……。

一九七二年 とても静かな夜の日曜日
 今日私は、Xとノートをちぎって絵を画いたの。題は「田園」。この絵を見ていると、何故か心が和んでくるわ。すごく暖かく優しい絵なの。それは楽園だから季節を無視してあらゆる花を咲かせたわ。片隅に湖があってね。そこには黄しょうぶと水蓮が咲いているの。その端には一隻の小舟がもやいである。私はその小舟を「早乙女」と呼んでいるの。 私は清子が大好きよ。尊敬もしているわ。だって彼女はいつも彼女の見解で正しいことをやりおおせるし、その正しいことがすごく気高くて、高い自尊心の表れなんだもの。自分の嫌いな友の前に出た時も、彼女は超然としていられるのよ。彼女はそばにいる友達に自分の気高さを感じさせることができるわ。

一九七二年 六月六日
 私の性質について。
 ゆりか 極端にやさしい。気が弱い。受動的。感じ易い。いつも私に色々な課題を出し、それをなしとげるよう要求する。伊賀史絵の行いについて、激しく叱りはしないが反省すべきだと責めたてる。みんなゆりかが好きで悲しい思いをさせたくないと思っている。だからゆりかの願いはいつも聞きとどけられる。欲が無くて清純。
 佳冬 夢想的。孤独を愛する。深い。感じ易い。けぶるような瞳でいつも何かを考えこんでいる。その考えている内容はとても美しいもの。マイルド。現実の冷たい風に吹かれると傷つくので、いつも引きこもっている。真夏の熱い太陽には溶けてしまいそう。
 真理 真理を追求する。みせかけにだまされない。小さなことから色々と引き出す。物事を分析するのが好き。人の心の弱さをよく知っている。皮肉屋。真理を追求する。
 炎子 激情的。愛情が深い。自尊心が高い。激しい性格だが大部分の激しさをゆりかに取られてしまった。ゆりかはその激しさを自分をよくすることに向け、今では炎子はあまり表に出てこない。
 真奈美 軽薄。ユーモアがある。浅い付き合いの人を沢山作る。
 清子 孤独を愛する。自尊心が高い。(少し高すぎる。)深みがある。気品、威厳がある。彼女は人の心など気にしない。いつも一人だから。その心は白すぎるほど白く、汚れがない。悪を行うよりは死を選ぶ。目つきは鋭く、遠くを見ているようだ。一口にいえばとても白く気高い。真面目であり、何かを問われればごく簡潔に返事をし、自分を偽らない。冷静で冷い。
 妖子 とても気味悪い絵を画く。超能力にあこがれる。根は残酷でも何でもなく、スリルを味わうのが好きなだけ。

一九七二年 六月十七日
 貴女の姿が見えました。はるか彼方に……。小夜香のごとく秘やかに。あの時貴女は本当に小夜香になっていたのでは? と思うくらいに。とにかく昨日はひどいわ。相当待っていたのよ。貴女の帰っていく姿を見て、少しまさか? と思いました。

 この頃木炭が手に入ったので木炭画に凝っているの。学校へ一、二本持って行って写生をしようかと思っています。でも少し手をふれたら消えるので必死よ。
 後で少し聞きたいことあり。真面目に答えること。
 みんなどうかしているの。炎子もゆりかも。清子は殆ど出てこないし佳冬はいつも一人で私に考えごとをさせるし(休み時間はいつも)どうかなってしまいそう。相当人づきあいが悪くなったみたい。いつも他のことを考えていて何も食べる気しないし……空想もいい加減にしないとね。
 この時期は相当辛い思い出になりそう。でもそんな時にかぎって教訓は多くあるものです。悲しみの彼方から。まどかへ。

一九七二年 六月某日
 どうかしているのは佳冬。今にも殺されそうなのは清子。心が空しいのは真理。疑っているのはゆりか。出席簿一番のバカににらまれているのは妖子。そのバカが超能力で炎子を殺す。レイモン・フォスカは立ち上り、私を殺そうと立ち上り……昔々のお話です。
 遠い昔、カルモナにレイモン・フォスカという名の一人の男がおりました。
 彼は悪霊と知りつつ
 不老不死の妙薬を飲んだのです。
 それが彼の呪いとなりました。
 死にたくなっても死ねもせず
 生に飽き贅沢に飽き、すべてをしつくしてたいくつになり
 噫!
 それでも彼の前には
 今まで生きたのと同じだけの
 生きねばならぬ長い年月がある。
 永久に生きる……
 彼にとっての幸せは
 彼にとっての呪いとなりました。
 このお話はまだまだ続きます。
 誰が作ったのでもありません
 遠い昔に作られた
 遠い昔のお話です。

一九七二年 六月二十八日
 私は炎子を誤解していたわ。ただ激しいばかりだと思っていたのよ。この頃解ってきた。私の性質を良くしたのはゆりかではなく、ゆりかはその炎子の住んだ私。本当に私の性質を良くしょうと真剣に願っているのは炎子。彼女は激しい…けれどその激しさは悪への嫌悪。世の中と人の心の中にあるすべての悪を憎む激しさ。彼女はいつも正しい。(真理じゃないのよ。)彼女がその炎で私を焼き焦がすのは、私の虚栄心が人の心を傷つけた時、嘘をついた時、etc…。正しいことをしている時は少しも怒りはしない。誰にでも愛する人と憎む人とはあるが、一番激しく人を憎む者……それは炎子。一番激しく人を愛する者…それも炎子。愛する人は色々と変ったが、憎む人は変らない。炎子はとても激しくある人を憎んでいる。それは私。私は自分自身を憎んでいる。私は何年も炎子に苦しめられてきた。悲しい……いえ、嬉しい。何故なら彼女は常に正しいから。炎子は私の中で、もっとも純粋で悪を嫌う人。

一九七二年 七月一日
 英語の時間。何故か席替えしても、ちっともまともな所へ行かないのでやや悲観的。いつになったら落着いて交換日記が書けるのか。今も必死よ。後ろは上井さんだけど、その他はほとんど男子ばかり、特に横に……ま、おせっかいでないだけましかな。ひどい男子がいるもの。こちらに関心を持ってないからいいようなものね。

一九七二年 七月十二日
  いつも苦しみが私を満している。
 苦しみが、苦しみが、僅かのすき間もなく私の心を埋める。
 ああー、のがれたい。のがれたい。向こうへ行って!
 おまえが行けば苦しみも行くのよ。
 さあ、ひと時も無駄にせずに。

一九七二年 七月十四日
 虚無の世界から抜け出すひと時があるはず、私を元気づけてくれるのを、私から奪い去らないで下さい。私から奪い去らないで下さい。
 雨の降る日に濡れて帰れる人は幸せです。母が居なくばそうできたものを。母は無理やり雨も降っていないのに私に傘を持たせたのです。学校へ置き、あのまま濡れて帰ろうかとも思いました。結局私は傘をさして歩いていったのです。濡れて帰れない私の心の弱さ……。
 クラブのこと。心ならずも部長になられたのでいろいろ心配なことがおありでしょう。私もこれからという時にやめねばならず、貴女に申しわけありません。できれば陰ながらお手伝いしたいと願っておりますが……。

一九七二年 七月十八日
  この頃 少うし大人に近づいた私。
  何があったのか
  言うのが少し困難で
  ちょっとばかり淋しいし
  不思議な何かを知ったような
  とても奇妙な感じなの

 学校へ――。途中で小さな死とめぐり遇いました。羽をたたんだ蝶の死骸が道の端に倒れていました。

  青い蝶を見かけたら
  ついて行くの。
  白い野原の中に
  一人ぽっちで置かれた時のために
  ただ浮いている
  いく千万もの霊たちよ。
  呼びかけると
  山々は沈黙した。

一九七二年 七月二十七日
 昨日は加太の一つ手前の、磯の浦に行って来ました。海に引きこまれるようで、海自殺も悪くないと思いはじめています。いつかこうして歩いて行けば、波が彼女を沖へと押し流していくでしょう。

一九七二年 八月十一日
  自殺を考え始めた時から
  心が透明になってきました。
  白い蝶は私が死んでも生き残るでしょう。
  ついて来ることを許さないからです。
  孤独が私を惹きつけています。
  すべての人との縁を断ち切り
  青い野原に佇んでいたい。
  何も待たずに……。

 人は死ぬために生まれたのです。何のために生きていくのか、これを知るために色々ひっぱり出してみた時、こんな言葉が目につきました。
 「妖精は女を特に尊敬している。女は、運さえよければ十分受苦的に生きられる。この世に生を受けた負債を、愛と、献身と、出産の痛みと、待つ悲しみとで償おうとする。運の悪かった女は、いたし方なく学問を身につけ、医者になり、判事になり、出世する。」
 「海から来た妖精」(母作)より
 しかし私はそんなに待ってはいられないのです。まだ若いうちに生を受けた負債を返そうと思ったら、それは自殺の苦しみ、死への悩み、そんなもので返さなければしかたがない。  九月に学校で貴女と逢えるかしら?私には本当に見えるようにある情景が浮かびます。  ある日の昼下がり、誰もいない午後、机の中の遺書、かたずいた部屋、離れに居る私。七錠の小さな個体を飲み干して眠りに入る。開けはなされたガス栓、ベッドに倒れた私。実行は何時になるでしょう。遠からず、中学を卒業する前に……。
 何の為にこれからのうんざりするほど長い年月を生きねばならぬのか。私は何の為に食べて生き、何の為に書き、何の為に眠るのか何も解らない。その中でそのくり返しを永遠に続けてゆきたくない。中国山脈の真ただ中の高原で私は決心する。機会があり次第自殺しょう。少くとも高校進学前に!!
 この頃手首の傷が増えました。

一九七二年 八月十三日
 貴女の手紙が着いたのはお昼も間近い時でした。私は丁度母からの手紙を読み返し、名古屋の祖母の思い出にふけり、気がつけば食事の仕度の時刻。仕度が終り、昼食を前に貴女の手紙を開きかけた私。けれども初めの二、三行を読んで、すぐそれをしまいこみました。エプロンのポケットに……。こんな所で読むにはあまりにもったいないような……単調な私たちの生活の中で手紙は素晴しいカドラ(贈りもの)です。そこで食事を始めた杉山さんには「親書の秘密です。」と一言。手紙はポケットへ。私は今、杉山さんとの山の中の共同生活を楽しんでいます。前からの契約通り、私はスリとここ吉川へ来ています。やがて食事も終り、私はNo.1、貴女の手紙を開く。
 一八日、六甲へ立ちます。そこで一泊。百万弗の夜景とやらを眺めて帰る予定です。

一九七二年 九月四日
 四年前、私は孤独でした。友達は一人もありませんでした。クラスメートと口をきくことさえ恐くてできなかったのです。話しかけるなんて、とんでもない! その孤独は一年間続きました。貴女にはこんな思い出がありますか?一人の友も、話し相手もなく一年間!!何も言わないで学校に来、何も言わないで帰る……。
 昔の私を知りたいのならそう言って下さい。いつか語る時もあるでしょう。私の心の底にいる暗い私は、そのことですぐ傷ついてしまうのです。今まで私は、その私をしっかりしまって鍵をかけていました。今もそうです。しかもその私こそ本当の私であり、感じ易く、傷つき易く…それも極端に……。何故私は本当の私をしまってしまったのでしょう?彼女に友がいないからです。彼女のために彼女に合う友を捜しているんです。むりやり自分を軽薄にして――。

 自殺

  結晶が
  それは白いと決っているのですが
  私の
  散らかしきった机の上にあって
  宙に浮遊しながら すべての物と
  適当な間隔を保っていました。
  その中に死を捧げたいと思ったのは
  いつの頃からだったでしょう。

一九七二年 九月八日
 貴女に五月以来ずっと隠していたことがあります。心霊術についてです。これまで母にしか打明けたことはありません。母はとても心配して私に……簡単に云うと、話すのをやめろとのこと。
 一九七二年(つまり今年)四月下旬、始めて直径三〇センチの円の中に十字を引いたものと、糸に吊した五円玉で”守護霊”と話をする。五円玉がゆれて、霊は私の問に答える。
 五月下旬、脳波を取られた影響で手が敏感になり、勝手にノートの上をすべり字を書く。直接霊の声が聞えて、私は始めてダイレクト・ボイスができるようになる。
 波乱の三ヶ月。恐怖の連続。今まではそのことについて、何か話す余裕がありませんでした。

一九七二年 九月某日
 私は生れた時から本の間で暮していました。本といえば、あちこちにころがっていましたもの。
 二、三才の頃夜寝る時には、母に文庫本のグリム童話集から色々な話を読んで貰い、一緒に文字をたどって行き、漢字を憶えてしまいました。私達の家族は皆本が大好きで、色々な本を買います。大きくなってからは、その度に私は母の本棚から本を取って読んだものです。一人閉じこもって本を読むのが好きでした。テレビよりずっと……。一昔前には私が母に代って弟に”金魚とザルと卵の話”をしてやったこともあります。母はまた歌が大好きです。「荒城の月」のアルトなどは母の歌うのを聞いて憶えたものでした。小さい頃の母はいつも歌っていたような気がします。掃除中でもいつでも……。母はまた音楽、絵、創作などが大好きです。父も、音楽はどうか知りませんが、右のことが好きです。ステレオを買い、カルメン、椿姫、その他色々のレコードがそろったのも、母のおかげです。私はよく父母の画いた絵を見て楽しみました。少し父の絵の方がうまかったみたい。楽しい年月でした。私は一人娘として十分甘やかされて育ったものと思います。ああ追憶の流れ、愛の重荷!
 すべての赤ちゃんは、神がまだ人間に絶望していないというメッセージを持って生まれてくるのです。

一九七二年 九月某日
 回想
 貴女は気がつきませんか、素晴らしいものが私達を取り囲んでいる事を。友情の絆で結ばれた人々。花田さんもスリも貴女も皆素晴らしい人! 両親の愛。祖母の愛。いつまでたっても真青な顔をすることを忘れない弟。神の大きな力強い愛。それから私を見守る霊の目。そしてもっと素晴らしいのは私が皆を愛することができること。
 借りている小犬、ボック。私の手を噛んでしまった時、うろうろ逃げて行ってうつ向く犬。「つけ!」といっても、ちっともゆっくり歩いてくれなかったボック。ほら……あの日私がころんでしまった時、すまなさそうな顔をしてもどって来て、足の痛い私に合わせてとてもゆっくりついて来てくれた。水をかけてやると、必死に身体を震わせて嫌がって逃げ出したっけ。弟にとびかかってころばせてしまったあの日。……あの頃。
 もう三年生になった弟。今あの小さな頭の中で何を考えているのかしら。いい姉になってあげたい。
 母。とても理解のある母。スリと一緒に空き家に入ってローソクをともして遊んだこと、立ち入り禁止の水源地にしのびこんだこと。妖精の原に落とし穴や、血(赤絵の具)をつけたピストルや、その他いろんなしかけをしたことなどを話しても、ちっとも叱らない。面白そうね。と目を輝かせる母。
 父。花曜賞を貰って一緒に喜んだ。本を出そうと相談する父。
 花田さん。一年の時、夏休みに理科の研究を代ってやってあげた。その代り地図帳を半分やって貰った。今年だって……ね。
 スリ。いたずら仲間。今年は社会のワークブックを丸写しさせて貰った。その代り国語をみせてあげた。「待て!逮捕する!」吉川で螢を追っかけまわした。六甲山で、ゴメンね。スリ。私は少し疲れていたの。部屋から引っぱり出されてしまったっけ。
 そして貴女。傘をささず、二人で雨に濡れて帰った。目をつぶって歩いて、とうとう溝に落っこちてしまったわね。何故靴をはかなかったの?別に片足で歩いたってかまわないのに。「清く激しい」なんて羨しい。私のあこがれよ、私も清く激しくなりたいな。みんな素晴らしい人!!
 ストップ! 霊のことを忘れてたの。にしてはおとなしく黙っているけど病気?(と霊に問う)。何となく霊までが守護霊に見えてきた。そう、良い霊に。私にはまるで解らない。声があるからにはその声の発生源があるはず。けれど霊なんて信じられない。といっても「私が直接手に入れた資料十万件を厳密に分析しただけでも、私は霊魂の存在を認めざるを得ない」とはシャール博士の言葉???

一九七二年 九月某日
 ああ……私を救って!この恐怖から。ああ霊界から私を引きあげて! 私はすごく怖いの。もっと前に書くべきだったのね。私はとても恐しい体験をしたの。何度も死ぬと思った。私は死を日常茶飯事として承認していた。私は人間の世界に生きてはいなかったのよ。いつも数人の霊が私をとり囲んでいる。部屋に入ると霊気が満ちていて、その霊がいっせいにこちらをふりむくの。私は一人で霊と戦うの。せめて同じ体験を持った友人がいたら共に語り合い慰めあえるのに私は一人なの。だから怖いのよ。まるで人間じゃないみたい。貴女は答えることができる? 私は誰なの?霊って実在するの? 私はこのまま成長するのかしら?

一九七二年 九月某日
 私は自分をコントロールしなければなりません。悩みは私が作り出しました。だとしたら無くせるはずです。私は好きこのんで悩みを作りました。今はその”おあそび”をやめねばなりません。毎日与えられる悩みがあります。よけいなことは頭から追い払いましょう。今私の精神的活動は随分活発です。毎日二年一組の友達の心の動きを計算しています。この組に友達を作りたいのです。しかもできるだけ私に合う友達を。少くとも学校の多くの人の前では、私は一人ぽっちでいたくありません。いつも一緒にいる友はできました。しかし今そのグループが分裂しつつあります。Fさんと一緒に居れば確かにこれから友達に困ることはありません。ただKさんとの方がもっと深い話ができるでしょう。歯車がまわります。この次の休み時間にはKさん達とお喋りしましょう。

一九七二年 九月某日
 真理が授業中協力してくれないので、恥をかいてばかり。真理は今”生”を追究しているの。何の為に人間は生まれるのか?死ぬ為に?苦しむ為に? 貴女のご意見を聞かせて下さい。私は人間の生が意味を持たない、という考えに達しました。極端に幸福になるのでもなく、極端に苦しむのでもなく……。

 私の名 伊賀史絵
 生年月日 一九五八年十二月十三日
 この頃時々 急激に自分を確かめてみたい気持におそわれるのです。

一九七二年 九月某日
  過去を消しましょう。
  未来を消しましょう。
 現在の私、どの私になろうかしら? どんな性格でもよりどりみどり。自分から見てこんな私。クラスメートから見てこんな私。色々な性格達が私を支配するのではなく、私が彼女達を征服したい。どんな性質にでも私はなれます。さあこれから私はX。過去なく、未来なく――。

一九七二年 九月某日
 私は決めたの。将来詩人になります。かも知れない、ではなく、現実に。この頃詩のむずかしさが解ってきました。詩にもストーリーがなくてはなりません。先日、私は無駄な悩みをなくす、と書きました。そしてそれについて苦しみました。気がつかないうちに私は私の決めた範囲外のことを考えているのです。過去をなくして現在に生きたいと思いました。その気持ち、それだけでは詩にならないのです。詩にも結末が要ります。何日も悩んだおかげで、私はそのことを深く考えることができました。色々な心の動きを基に、思い出を埋めるというタイトルで次頁の詩を書きました。あの詩には深く考えた重みがあります。そして、その日のうちに私は深く考えねばならぬという教訓を学びました。
 母はずいぶん私の詩を褒めてくれました。いつも同じ詩なら、いつも同じ上手さならかまわないのに、心の中に思うことが変ると同時にもとの詩が書けなくなるのです。これから私は研究していきます。小さな心の襞まで完全に表わせる詩を。そして、あの言葉が日毎に解ってきました。”詩を書くことは、自分の血をしぼり出すように苦しいことだ。

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    (省略・詩集―209―頁参照)

一九七二年 九月某日
 どうぞ召しあがれ、ミルクのたっぷり入ったチョコレエト。いえいえ、毒は入っておりませぬ。

 私が無限を持っているのではありません。私がとても嫌いなものだから。死ぬこと以外の無限は苦しみの根本です。どうしようもない不可抗力に従って私は生きています。友に多くを望むのは危険です。それは下手をすると離別のもとになります。二年一組。この熱気に吸いこまれてしまいそう。
 写実主義者になって、目に写ったものすべてを書きたい。思ったことをそのまゝ書きたい。それを押えて関係のないものを組み合わせてその心を表わさねばなりません。むずかしい……ですね。
 やはり私にとって一番大切なものは夢と空想です。夢の中では私は誰にもいいわけをする必要がありません。強く歩くことができないのなら死にましょう。死んでもいいのなら忘れましょう。忘れたければ空想しましょう。空想も麻薬に似ていると思います。空想している間は楽しくても現実に立ち帰れば苦しい……。そう、私は麻薬常習者です。

一九七二年 十月四日
 すべてが去り、後には書くことだけが残されました。
 あれから何年たったのでしょう。あの日、まだあの人らしかったあの頃、あの人と友達になりました。あの人は人を傷つけない人でした。今、あの人の心の変化がはっきり解ります。私のせいともいえるでしょう。私は、変りにくく、強い個性の人としてあの人を望んでいました。今あの人が期待を裏切ったので私はもうあの人を求めません。友達になる意思も失せて、すべての人と友達になる意思が失せて、あとには古い友人関係を求める意欲もおこりません。空が曇って、教室が暗くなってきました。私の心が闇を求めるように、天候も暗さを求めるのでしょう。
 私は地球が大嫌いです。人間も嫌い。だから人間に生まれてしまったからには人間らしくない人間になりたい……。

 私の性質の中で特筆すべきことは、下品を嫌うということです。下品なことには我慢がなりません。私は下品な人を憎みさえする場合があります。
 六年の時、下品なことをしていたという理由で、四人の一番親しい友達と絶交しちゃったの。ちょっと極端!私達五人は他のことではすごく仲が良かったのだけど、一度にまとめて絶交!みるも嫌らしいことをしていたので吐き気がしてきたの。まあ別に後悔はしていないわ。あんな仲間になるなんて、考えただけでも嫌だもの。

一九七二年 十月某日
 私は今色々な劣等感を持っていますが、それについてはあまり悩んでいません。一番大きなのは背が高いこと。でもあまり悩むことはないの。くだらないことですもの。第一悩んだってしかたがないじゃありませんか。バカバカしくて……。そこで私は今殆ど劣等感では悩んでいません。むしろどんなことでも悩まない性質です。何かについて悩むのは、成長にとって素晴らしいことでしょうが、私は自分の好きなことしか悩みません。悩みについて贅沢者なのです。演劇部を活発な部にしたかったら、私はそれについて考え、行動に移します。活発な人を見て自分がそうでないのを恨む場合――劣等感ですね、ある種の――、私はどうしたら活発になれるかを考えます。いつも明るく人と対応する等……。そして次の日に実行すべく、その日は安らかに眠るでしょう。

一九七二年 十月某日
 貴女は今度も中間テストの勉強をやらないつもり?反抗は少年期、あるいは少女期の表れです。多くの少年達は反抗を自分の誇りにしています。私も以前貴女の反抗を羨しいと思ったことがあります。きっぱりと反抗することが、とても立派なことであると思ったこともあります。貴女の真似をして、家での勉強を一切やめようかと思ったことがありました。しかしそこでそうしなかったのは、やはり私も貴女と同じく逃げるのが嫌いだったからといえるでしょう。”勉強を何故するのか解らない、だから勉強しない”と適当な理由をつけて、勉強から逃げることがいやだったのです。自分を正当化して”何かをしない”ということは、やらないことが悪いと知っていて”やらない”よりなお卑怯なことです。無理やり自分をごまかして勉強しないことになるからです。もしも貴女が勉強が大好きで、どうしてもやめたくないのを無理やりやめたとすれば、ある面から見れば少しは正当になるでしょう。しかし一方が馬鹿げているからといって、他方は必ずしも素晴らしいこととはいえません。勉強することが馬鹿げているとしても、しないことは学生である私達にとってなお馬鹿げていると思います。私は深い教養を受けたいと思います。そしてそのためにできるだけ学校を利用するつもりです。

一九七二年 十月某日
 私は何時も極端にいきすぎる傾向があります。時には自分のことを非常に残酷に書き、時には優しく書きます。多分私は激し過ぎるのでしょう。そしていつも極端な両面を持ち合わせています。それがほとんどいさかいを起さず、隣あわせに住んでいます。貴女は私とトランプの七並べをやったことがあるでしょう?一方では残酷なほどすべての札を止めておきながら、他方では絶対に相手を破産させない……。自己研究の面白い題材だと思います。人には皆そんな面があるのでしょうか?それとも私だけが変っているのでしょうか?ただ一ついえるのは、人間的な欲望を極端に嫌っていること。例、食欲、怒り、金銭欲等……。

一九七二年 十月某日
 如実的な一切のことが書けないのです。しばらく私を放っておいて下さい。

一九七二年 十月某日
 少し錯乱状態。
 あの方どなたかしら?色の割と白くて、背の少し低い、右の絵のような方。(髪はまちがっているかも。)如何にも弱々しそうで、淋しそうな困ったような微笑を持つ方……。
 私の中で何かが爆発しそう! どうしたら良いのか真千に尋ねてみる。

 少し朝は狂っていたの。今でも勉強がどうの、進学がどうのって書く気はしないわ。疲れているの。どうしようもなく――ね。気が重いわ。泣きたい感じ。
 私は何を求めているのかしら?友達?それとも……。けれど私の中で何かをもとめてやまない心。無限の可能性を秘めた新らしい友人関係? まあね……。けれどまだある。何かが……。死――でもない。もっと刺激の強いもの。死でさえ今は眠りのようにおだやかなものになってきました。そう、今やっと解りました。私の求めているもの、手首の赤い血。帰ったら早速切ってみましょう。それで救われるかも知れない、友達でもなく死でもなく、あのスリルと痛みを私は求めているのだわ。

 貴女が自由を求める時、私は激しい束縛を求めます。自分を縛りつけてやまないものを求めます。私は自分の性格を形作ります。高く伸びることにあこがれる時、さらに低く自分を抑えつけ、人間性を極端に抑え、自分の欲を無に帰そうとします。だから私は犠牲と献身を愛するのでしょう。
 不自由に手足をくくって水底に沈めようとかかるもの。そうしておくれ。

 フェスティバルホールでカルメンを観た夜。大阪市にて。
 今私はちょっとばかり興奮しています。目の前には海を描いた緞帳が垂れています。私はふと、いつかこれと同じような幕の後ろで、友達とクスクス笑ったりしながら、位置について前奏曲を待ったことを思い出しました。幕が開く時の胸の高鳴り! 客席は思いのほか暗く、人の顔はほとんど目に入りません。そこで私は踊るのです。バレーの発表会の時のことです。
 あ、ブザーが鳴りました。もうすぐカルメンが始まります。暗くなりました。字が見えないわ。(と書くのやめる。)
 第一幕終り。カルメンは素晴らしい声でした。あんな声は聞いたことがありません。あの歌も笑い方も……何て素晴らしい人なのでしょう。それにくらべればドンホセは馬鹿です。
 ゲーテのI・Qは一八五か六だとか。秀才といわれ三国ヶ丘などにどんどん入って行く人は一二〇〜一三〇。京大生の平均一三〇。だからゲーテってすごくI・Qが高かったのだね!!

一九七二年 十月十八日
 男の子の行くプラモデル店で夜光塗料を買いました。スリのよく行く店。五糎の瓶に一本二十円也。少しは光るようね。
 貴女はこの間私に絵を下さいましたわね。丁度その前日、私も絵を画いたのです。学校へ持って行けば丁度交換の形になったでしょう。今はその絵が嫌いになったので丸めて放ってあります。

一九七二年 十月某日
 トンビは馬の鳴き声にあこがれ、それを一心に、真似たので、とうとう本当の自分の声とも違う、馬の声にも似ても似つかない。あんな奇妙な声になってしまいました。貴女は私の字にあこがれるつもり?皮肉ならまだしも、日本語を使い間違えているのでは?私が貴女の字の美しさを知っているのと同じくらい確かに私の字の雑なことを私は知っているのです。

 この頃私はある不思議なことを体験しています。今、私の組にはコックリさんがとても流行っています。それが問題なのです。私はコックリさんをしながら頭の中で色々なことを考えました。コックリさんとは何か。人間の守護霊なのか。なら二人のうち、どちらの霊が一円玉を動かすのだろう?そうすると決まってコックリさんが帰ってくれないばかりか、曰く、うらめしい、頭が良い、巫女、等々の言葉をたどってゆくのです。少し複雑な心境。それに加えて彼(?)の声が聞え出したからたまりません。耳をふさいでおきましょう。

 この頃朝早く起きてドロボー(?)稼業をしています。つまり鍵をこじ開ける仕事。朝七時十五分に家を出て学校へ。示し合わせた友と二こと三こと。七ツ道具(ドライバー、釘抜き、ピン、その他細かいもの沢山)を手に現場へ直行。ピンで長いことひっかきまわした末、今日は鍵の形をとっただけで退散。これができればクラスの為にもなる仕事。でも先生には絶対ヒミツ……。

一九七二年 十月二十二日
 昨日まで私は何時爆発するか解らない原子爆弾をかかえていました。でも今日は違う。今日の私は深い目を持ち、相手を凝と見つめるくせのある生真面目な娘。
 私は考えています。学校のこと。人生のこと。死のこと。生のこと。それぞれについて議論のできる人、小さなことを深く掘りさげて考えられる人、本当に何時も深い話のできる人を私は夢みています。
 イマ ヨル
 ワタシ アノヒトノトコロヘ デンワヲカケル
 「モシモシ ワタシ フクオカナオコ アノヒトイマスカ?」
 「イエ イマルスデス。イルスデス。」

一九七二年 十月某日
 今日はテレビを久しぶりに見ました。試験の終った日不思議な開放感が私にそうさせたのでしょうか。でもそれよりもっと素晴らしかったのは「マノン・レスコウ」を一日で読み終えたことです。今日は半日、本に首を突っ込んでいました。でも心の飢を満たす、とはいえないようですね。というのは、昨日も「破戒裁判」を一日で読み終えたところだったのです。それから一昨日は終日京都の仏像を研究していました。確かに私は勉強家ではありません。花田さんが来た時も、私は一人活字を追って、彼女だけに勉強させておきました。私は時々解らない所を教えてあげるだけ。最後に「伊賀さん、まるで家庭教師みたいやね。」とか。「だって自分は何もしないで、人にばかりやらせているんだもん。」

一九七二年 十月二十六日
 今日は帰ったとたん、悲しい知らせに合いました。我が家に迷い込んできた小鳥イアーが飢え死にしてしまったのです。餌は与えていたのですが口に合わなかったもよう。祖母の名をとって名付けられたこの小さな小鳥に、私はしきたり通り、深く掘った穴に山茶花の白い花びらを敷きつめ、お墓の用意をしました。死体は水色の柔かい紙に包んで穴に置かれ。さらに山茶花の花びらで覆われました。羊歯の陰に、今では二つの十字架を立てた塚が小さくうずくまっています。

一九七二年 十月二十九日
 今、弟が泣いています。母が弟を叱っているのです。あまりに可哀そうなので私も少し涙が出てきました。この頃私は弱くなったのでしょうか。今まで私は両親を必死でなだめていました。母は少しひどいことをしすぎたようです。でも当然かも知れません。私も意志さえあればあのような行動に走らなくても良かったと思います。とうとう部屋で謹慎をいいつかってしまいました。そこで私はこのことを冷静に考え直してみましょう。
 私が両親をなだめたことは、ある程度は良いことでした。でも少しなだめすぎたのでは?無論両親はそんなことでは心変りはしないけど、弟には優しくしすぎたみたいです。彼は当然な罰を受けているのですもの。父が少し良いことを言っているみたい。やはり両親は正しいのでしょう。思いの矛盾はいつも私の中に表れているのです。
 少し関係のないことを書いたみたい。宗教の問題に移りましょう。私はこの頃、すべての神は一つである、という考えに取りつかれています。何故ならもしキリスト教が真の宗教で、その神だけが主であるとしたら、何故他の神を信じるこんなに多くの人々が存在し得るのでしょう。神は一つであり、すべての人はただ一つの神の声のみを聞くことができるのです。他の宗教が皆真の神をあがめるものではないとしたら、何故彼らはあれほど熱心に無い神に向って祈るのでしょう。呼び名は違っても全人類の神は唯一人の神でしかあり得ないのです。私は神によって生きているとはいいません。また私が神を愛しているともいいません。ただ一生を神の教えに従って生きぬくことができたらどんなに素晴らしいことでしょう。それなのにいつも私の頭は人間のことでいっぱいです。

 貴女にある一事を話すのを忘れていました。本当は書くべきでないと思ったのですが、私が貴女に知ってほしいのは私のいい面(あるいは悪い面)ばかりではなく、本当の私なのです。早々にそのことに気がつき、再度ペンを取ります。
 十月六日、放課後。私はどうしょうもない気持で教室の中に立っていました。友達の言葉が私の胸を突き刺したのです。そのままそうしていたら私はあの灰黒緑の私になり、喋り方を知らない陰気な私になってしまったかも知れません。とにかく思考力を失って立っていたのです。私は自分を制御するのに相当な時間のかかること、このままここに居れば自分を取り戻さない内に最も悪い私をさらけ出して皆に不快な思いをさせることが解っていました。私にはそれが避け難いことに思えました。その時急に「若草物語」のある章が浮びました。そして心の中にまったく観念的に、しばらく教室を出て行って心を鎮めようという考えがおこりました。「そうしたらいいわ」という内心の声を聞きながら渡り廊下に向いました。そこで私はありったけの激しい心をぶっつけて泣きました。いいえ、涙を流しました。すべてを涙に捨ててしまいたかったのです。やがて私は涙をふき、教室に戻り、彼女に微笑みかけました。「ごめんね。つい本に夢中になっていたの。」「ごめんね。私もきつかったわ。」こうして私達は微笑を交したのです。

一九七二年 十月某日
 ベートーベン作曲、歓びの歌。でもこれが本当に喜びを表現しているとは思えない。喜びは胸の奥からどんどん突きあげてきて、持っているのが苦しいほど大きなもの。いえ、危険のつきまとったものかしら。だって…どういい表したら良いのかしら?自分だけで持っているとやりきれなくなるものね。それで笑ったり踊ったりしたくなるの。でないと居ても立ってもいられないから。それができない時には教室に真すぐ立って目を輝かせているの。その瞬間、自分が天から選ばれた者のような気がして、他の一切がつまらなく見えるの。私は私だけのもので……そして輝いている!
 私は激しい気性なのかな?何故って喜びで目が見えなくなることがあるもの。喜びだけを感じて他の一切が消えてしまう……。
 不思議なものね。いいえ私だって喜びを感じるくらい、いいんだわ。誰にも迷惑はかけませんもの。それくらいの特権は誤ちを犯し易い人間として許して貰ってもいいわ。私はこれから、わざと私の中からあふれ出る喜びの泉を塞ぎ止めたりしないことにするわ。今まで必死に抑えていたの。馬鹿でしょう。人間らしい気持だから、というだけの理由でね。今は人間であって良いと思うの。そう、私は人間です。人間です。人間です!

 不思議な笑いを浮べて私は自分が書いた所を眺めました。少し興奮しすぎね。冷静に考えて、さあ、どうしょう? このまま喜びにひたっているか。それとも戦うか。何故戦うのかと聞きたげな貴女に、喜びは純に感情的なものだからです。そして感情に委ねられた人間は、自分をコントロールすることができないからです。
 貴女はどう思いますか? と聞かれて真剣に答えを考える必要はないと思うの。私はただすべての人と共に喜びたいの。すべての人を私の喜びにひき入れたいの。といったらまた誤解されそうね。そこで私は茶目っぽく親愛なる我が解決済みの問題に引き入れただけだといいわけしておきましょう。

  今宵の貴女の眠りが安らかなものであり
  聖母様の熱き御愛が貴女の心の内に宿れば
  貴女の生涯も自ずとまた
  光り輝くものになるでありましょう。

 花について(ポートワインを飲みながら)
 私が好きな花は貴女にお書きした通り薔薇と百合。今日難波でカトレヤを見ました。その美しさ……そこに私は百合と同じく何か心にふれるものを感じたのです。さて問題をはっきりさせる前に、私の好きな花をはっきり書いてみましょう。
 燃えるような黒みがかった薔薇。汚点の一つもない白薔薇。
 ろう細工のような白百合。カトレヤ。
 私はこんな花が好きなのです。この中で現実の薔薇は抜いてもいいかも知れません。というのは私の好きなのは”理想の”薔薇だからです。美しく整った形を持った赤または白薔薇。そこが問題なのです。こんな花が好きだからには私は派手な人間なのかしら? 派手で明るく、軽薄で高慢……。私がこの花から連想するのは私のもっとも嫌うこんな女性でした。私はそういう人を嫌っているのに何故こんな花が好きなのかしら? もしかしたら私は自分ではそうした所の一つもないと思っていながら、その実そんな面のかたまりの愚か者であるのかも知れません。そうでないことを願いつつ花の共通点を並べてみました。(注)私はこれらの花達(特に百合、カトレア)を見ると胸の高鳴りを覚えます。
☆作りあげられた美しさ
 自分の心を自分の気に入るように変えることはあるけれど、それは自分の側から見て正当でありたい、まともでありたいとの願い……。
☆個性が強い
 勿論個性的な深みを持つ人間にはなりたいが、一生は平凡に送りたい。
☆誇り高い
 必死で高すぎる誇りを直したので、今では外から見ると普通。けれどやはり根本からは直っていない。
 どうもこう書くと合う点ばかり見つけてしまうので違う面から……私はどうして桔梗やマーガレットを好きになれないのかしら?それは、何かしらもの足りないから。とすると私は百合などの強い個性からくるある種の激しさが好きなのかしら?特に百合が好きなのは人をよせつけないであくまでも清らかな激しさを秘めているから……。けれど私は誓って活発で派手な人にはなりたくない。むしろ清楚で地味で、人を寄せつけない人になりたい。

 教室にて
 黙って目を輝かせて私は考えています。ゆう子。この頃友達がいないのね。いつも独りなのは孤独が好きなせい?それとも合う人が居ないの? 今、この瞬間、エスプを信じて貴女に微笑みを贈ります。貴女の心が安らかなものでありますように。
 今、スリに「伊賀さん元気になったね。」といわれました。ああ、今日は素晴らしいのよ。先生を割と公平な目で見ることができたし(いつものように軽蔑せずに済んだ)先生だって人間ですもの。
 今、ぼんやりと新しい組のことを考えていました。早く組替えをしてほしいわ。今同じ組になっている人は皆だいたい解ってしまいました。たいした人はいません。早く無限の可能性を秘めた新しい人と知り合いたい!

一九七二年 十一月六日
 お元気ですか。今日の課題は「恋詩」です。私はこの種の詩を好みません。また書くことも嫌いです。恋詩ばかり専門に書く友もいますが……。何故嫌うのかというわけは理論的にいくつも挙げられます。まず恋詩を書くことは自分の心を偽ることだからです。自分本来の感情ではなく、古来から類型的に伝えられてきた複雑な感情をそのまま書くのですから、上手くできて流行歌の歌詞くらいにしかなりません。どれを見てもまたかと思うような月並みなことしか書いてありません。「X夫人に贈る」にしても「よく見る夢」にしてもそうです。
 でも、どんな少女にも一人二人の「好きな人」はいるのです。それではそんな時に書く詩、またはこれからの恋詩はどうなってゆくでしょう。私が一番好きな恋詩は「一さしの花」です。この詩には一ことも通常使われる恋の言葉はありません。その詩はだいたい次のような言葉で始ります。

  ひとさしの花
  その中でひろげられる
  静かな抗争……

 私もこんな詩を書きたい。美しく豊かな……。
次は私の恋(?)詩です。

  紫の手

 わたしの中に
 うすまる
 水の夢。
 落着いた紫の手のひら。
 その中で
 あくまでも静かな
 手にうつる瞳。
 水の面に
 とどまっている私自身と影。

一九七二年 十一月八日
 誤解につぐ誤解。頭痛がしてきたわ。
 自分の気持を偽るっていうのはね。私達と同じ年頃の女の子が
  私は誰にも捕まらない自由な小鹿
  けれど貴方には捕まえてほしい
 とか
  さようならはいわないで別れて行こう
 とか、その他もっとひどいことまで書き散らしているってこと!知りもしないことをね。少し吐き気。私はよく男嫌いといわれるけど、女嫌いにもなりそう。

 もう一人の私について
 私は現在の日本が嫌いです。一時代遅く生れすぎました。平安時代、婦人はいつもつつましく、おくゆかしかった。親が決める結婚。男尊女卑…。その時代に生まれてくればよかったと思います。お茶。お花。静かな愛情……などといったものに縛られて暮らしたい。内部に激しすぎる炎を持ちながら外見はしとやかな日本女性……。
 夢を見ました。私は中世の騎士の服装をしていました。戦っていました。勿論恐かったのです。死ぬかもしれないし、怪我をするかも知れない…。 けれど、それでも命を賭けて戦いたかったのです。その勇気は心霊力によって身につけたものでした。戦って私はついに相手を倒しました。すぐに私は城の中で美しいものに囲まれている貴婦人になっていました。マーガレットの花を長い髪に飾り、なよやかに美しく……それは私のもう一つの姿でした。ジキル博士とハイド氏ならぬ水沼炎子と白鷺亜清はこんな風にしてお互い同一の人間の中で発展していきたがっています。

 本当の友達とは? 理想の友とは? 底知れぬ深みがある人。尊敬できる人。今私は夢見ます。深みがあって下品を嫌い……そんな人がきっと私を導いてくれるでしょう。

 前略
 神様。私が死にましたらお願いします。
 白百合の花を私に注いで下さい。

一九七二年 十一月九日
 私は皆からそういわれるの。伊賀さんは男嫌いだから……。でも、いいえ、私はすべての男子を軽蔑しているのではないのよ。私は自分が尊敬できる人でないと好きにはなれないの。限りない深さと激しさを持った人、私以上に激しくてしかも意志が強く。感情に押し流されるということのない人。弱い人はいや。
 それから誤解のこと。ごめんなさい。私は希望を持っているの。今はもう残り少なくなった希望だけど。もし数学占いのWho?の人が私の想像し得る人間像のもっとも好ましい姿、心をしていたら、私はその人と友達になれると思うの。私は今深い話をする人に飢えているの。だから私は今、その人と同じ組になれるよう祈っているわ。その人の性格が知りたいから。もしその人が深い心を持っていなかったら、私はその人を軽蔑するでしょう。でもWho?の人は、少女達のよく云う”好き”ではありません。

 私は強くはないわ。私は貴方が羨ましかった。人の気もちにふりまわされることがなく、人がどうであろうと自分は自分だもの。だから私もそうなりたかった。そしてなったわ。ある程度はね。程度を超えると利己的になってしまうもの。もし私に強い所があるとしたら、それはあの恐ろしい世界から私が持ち出してきた遺産よ。もとから持っていたものではない。恐怖のただ中で何ヶ月かを過ごしたかったら霊たちと話してごらん。
 ユメヲミマシタ。ワタシハエスパーデタタカッテイマシタ。キョジンタチト。ワタシハスベテノエスプヲダシツクシテタタカイマシタ。ジブンノスガタヲケシタリ……。コワカッタケド、タタカワネバナラヌノデタタカイマシタ。
 この頃よく戦う夢をみるの。何故かしら?

 お元気ですか? 今日私は貴女に反抗と自由について書こうと思います。貴女は先生が嫌いだからこういうことをするといいました。貴女は自由でありたいといいました。でもむやみに反抗するのが自由でしょうか? 自由とは自分のやりたいことができるということです。貴女は今本当にやりたいことをしているのかしら? 自分の意志でこちらの方が好きだからやっているの? 例えば、私は短い靴下が女学生らしく清楚なので好きです。だから先生がそれを好ましく思おうと嫌おうと、おかまいなしにそうしています。それが本当の自由じゃないかしら? 貴女は反抗する前に、自分がどちらを好きなのか考えてみたことはあって? 先生に、わけなく反抗するのは利己的に考えても良くないと思うの。もしかしたら先生の選択の方が好ましいかも知れないでしょう?そういう場合、貴女は自分でも意に添わないことをなし、しかも先生にも苦い思いをさせていることになるわ。先生も一個の人間として尊重されるべきだと思うの。それを、何もかまわずただ反抗するのは、先生に対する甘えを貴女が持っているからじゃないかしら? 自分は先生とは違う。だから反抗する。そういう考えがあるのでは? お互い、自分の本当の意見を忘れないで、自分を見失わないで生きていきましょう。こんな事を書いている私さえ見失いがちな自分を。少し生意気な事を書いてしまいました。すみません。でもこれは私の意見よ。

 貴女は不思議な方ね。この学校で、私には貴女以上の友は見つからないでしょう。私はいつも貴女と歩きながら話す必要を感じます。その話し合いは、私の考えをはっきりさせ、私の心を静かにします。休み時間、放課後、早朝、それから帰る時などいつでも誘って下さい。私の家の前を通りかかった時でもかまいません。いつか、貴女の暇な時、どこかへ行きませんか? 山へ、海へ、あるいは高石市内を散歩して話したいと思います。自然に囲まれた所をさまようのも一案。または貴女の思い出の堺や大阪へ行って、貴女の口からそれを語っていただきたい。暇な時知らせて下さい。一日、半日、いえ、一時間でも結構です。

一九七二年 十一月十三日
 私はもし幸福であれば恋文を書くことはないでしょう。何故なら私の好きな人は恋に超然としているからです。その人は誰も愛さぬ人です。その人は氷のように冷たく、しかも心の内に炎を持っています。
 しかし私は現実にその人を好きになるとは思えません。何故ならどの例をとってみても、少女が子供の頃胸に秘めていた理想の人物に出逢うことは稀だからです。出逢ってもいくらかその人間像はゆがんでくるでしょう。しかも私は、後年出逢ったその人を「世界一」の人と思い、幼い頃の理想像を「何と子供だったのか」と嘲けることでしょう。
 今ふり返ってみて、例の影響の大きさに驚きました。いえ、もちろん良い方のです。もし夏休みの恐怖がなかったら、私は貴女と静かに話すことはなかったでしょう。
 今、一時五分。貴女に一つだけ聞いておきたいこと。貴女は何の為に生きるのか。本当は今日書こうと思ったのだけれど、もう遅いので……。ボンヌイ。オー・ルヴォワール。
  貴女の友、そして苦しんでいる史絵

 まだ書いてなく、これから書きたいこと。
☆何故男子を軽蔑するか。 ☆慈しみの愛と尊敬の愛とその他の愛 ☆何の為に生きるか ☆横井庄一さんの結婚について ☆部屋の叫び ☆演劇について、その喜び ☆星の輝き……幸せすぎる私 ☆これからの道

一九七二年 十一月十七日
 拝啓 お元気ですか? 今私は暗い闇を知っています。あれから私は色々なことを考えました。好きな人のことも。私には今、好きな人はいません。好きになるだけの価値のある人がいないのです。しかも私は苦しんでいます。

 教会にて。
 私は主の祈りを唱えながら息苦しくなりました。神って本当に実在するのでしょうか。他の人達のように単純に神を信じることはできません。私は、全能の神のすべてを受け入れることはできないのです。神はどんな幸福を私に与えて下さるのでしょう? 私にとって真の幸福。それは二つあります。一つは自分の心との戦いです。より深く、献身的な心を求める……といっても解ってはいただけないわね。ジイドの狭き門をお読み下されば解ると思います。
 もう一つは他の人との完全なる愛情。同じ所に居るだけで満足を感じ、その人に犠牲を捧げることのみを喜びとする心が私の内に芽生えた時。そしてその人も私と同じ気持であること。が、この時には私はもう一つの心を犠牲にせねばなりません。即ち「すべて立派な行いが、幸福の中で何としぼんでしまうことでございましょう」(「狭き門」より。)そうです。私が持とうとした、そして少しは持ちかけていた「立派な行い」が、幸福の中で何としぼんでしまったことでしょう。つまり”完全なる愛情”が、何と立派な行いをぬぐい去ってしまうことでしょう。
 私は死を怖れません。本当にです。そのことを私は夢で知り嬉しく思いました。夢の中で強い恐怖にうち勝つことができたからです。またいつかお話しましょう。今日は遅いので。(それから悩みのことも。)

一九七二年 その次の日
 昨日から一日たった今日です。そして貴女の持つ小さな願いと問に、真面目に答えるのはおそらく貴女に対して無礼でありましょう。問題をはっきりさせましょう。貴女の出した問はこれです。
 私は手紙によって貴女に勝手なことを望みました。すみません。ご迷惑かしら?貴女にとって私がふさわしいか?お答え下さい。
 おこがましくも……おこがましくもです。私は「迷惑ではありませんでした。貴女は私にふさわしいのです」などといえるでしょうか。私こそ――伊賀史絵こそ貴女にふさわしい友かどうか疑問なのに。私こそ貴女に右の問を出すべきなのに。そして、ふさわしいか。ですって? 思い出して下さい。貴女の考えに私が感嘆しなかったかどうか。この日記に私がすべてを書かなかったかどうか。貴女との会話が他の誰とのそれより充実していなかったかどうか……。貴女は私の深友であり、心友、神友、信友……です。(必死)
 (あ、忘れていたわ。親友。)
 私は死を恐れないと書きました。否、私は死を怖れています。にもかかわらず私にその恐れを克服することができるでしょうか。夢の中ではどうにか――でも現実には?

 レイって何? 声だけの生きもの? ニンゲンを支配しているの? レイっていいの? 噫!レイって沢山いるの? みんなしてアタシをからかったの? レイってアタシタチより進んでいるの? もとからここにいたの?それとも地球に、人間の心の中に移ってきたの? じゃあ宇宙人?   コワイワ………

 お元気ですか?今日は一日中暇な時を過ごしました。その中で昨日下さった貴女の暖いお手紙、どんなにかなぐさめになったことでしょう。私も貴女をある意味で求めています。私は私独特の愛を以て貴女を求めてきました。貴女の手をしっかりと握り返します。ダンケ・シェーン!(ありがとう)。私達の手で今の友情を真友にまで育てていきましょう。これからだんだんに……。

 私が今、何故男子を軽蔑ぎみなのかというと……まず、私の考えに従えば、男子は女子より思索的であるはずです。しかし大部分の男子はそうではありません。何故彼らはもっと無限の彼方へ考えをむけようとしないのでしょう。もっとも私は男子の内面はまるで知らないのですが。
 もう一つは男子の挙動です。私は少しましだと思う男子を観察(?)します。そしてたいていは失望して自分のからに閉じこもるのです。ある人は笑いすぎます。また意志が弱いのです。仮面ライダーに夢中なのもいます。ひどいことを平気で人に話すのもいます。靴が汚れた時「どうしてくれるんや」とつっかかっていくのもいます。こんな人達を私は総じて下品と呼びます。そういう挙動をする男子を見ていると本当に寒気がしてきます。そういう挙動をする女子は、別にジンマシンができるほどではないのですが……。
 ある本に、女子は相手が男子だというだけでその一挙一動に魅力を感じる。と書いてありましたが、私はその反対です。むしろ吐気をおさえるのに必死。だからそんな感じをおこさせない人がいるとしたら、その人だけが私に合っているのでしょうね。今のところ、私はすべての男子に絶望していますが……。

一九七二年 十一月二十四日
 相手をつきはなして、それが友でしょうか。いいえ、友なのです。それこそ私の友の姿なのです。貴女は私にとってずいぶん重みをもっている方です。昔から私はいろゝな友を持ってきました。本当にお互いのためにつくし合う友を持ったこともあります。机が隣どうしになった時には二人のものをごっちゃにして共同にするほどの仲の良さでした。夏休みは毎日一緒だった上、毎日文通しました。朝七時に私が彼女の家に手紙を届ける。すると十時に返事がきて一時に互の家で遊ぶ。あるいはプールへ。手紙はご丁寧にも暗号。今でも覚えているわ。やはり私は友に恵まれているのでしょうか。でも貴女とは、この人とのように親しくなりたいとは思いません。貴女は貴女。他の人とは一緒にしたくありません。

一九七二年 十一月某日
 私の読んだ本には、女は人よりきれいな物を持ち、人よりきれいな服を身につけ、人よりきれいな顔を持ちたがると書いてありました。その時私は思ったのです。――私はそんなことはないわ、と。でも、いいえ、そうではありません。私は人より清楚でありたいと願い、人より質素でありたいと思っています。これは前者と同じではないでしょうか。私は他の人と変りない人間なのかも知れません。いいえ、そうなのでしょう。

 母にみつかってしまいました。手首の傷。私は泣き出しそう。母がどんな目で私を見たか……。怒ってくれたのならまだ良かった。そうでなくてもこの傷はいい加減私の重荷です。やりすぎてうんできたみたい。でも後悔はしていません。私はそれに価するのです。とはいえ、ダイヤ型の傷は手首には目立ちすぎますね。まったくとり返しのつかぬことをして自分を傷つけるなんて、貴女にはおすすめできないわ。私もめったにしないのだけれど。これで三回目よ。第一回は五年の時。二回目はこの夏休み。けれどもある償いのために、私にはどうしても必要だった。絶対に……。というところが激情的なのかしら。

一九七二年 十一月二十七日
 この頃私に、色々な考えが浮んできます。そうしてそのつど私は息苦しくなってきます。物事がよく解れば解るほど……。けれどやはり私は旅をしながら「どこかに美しい村はないか」と尋ねて行きましょう。
 ある人に会うと、私はいつも詩が書きたくなります。

一九七二年 十一月二十八日
 「たといまた、私が自分の全