島田清子 著 「みぞれは舞わない」 大和書房

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本の内容

以下引用。新装版・1972年(NDL請求記号:KH555-132)の171ページ から 172ページ
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みぞれ


みぞれは舞わない
みぞれは まっすぐに落ちる
ちっぽけな水滴と
大きな雪の塊は
争っているように早い
ボタッと落ちて
スーッと消える
だから
みぞれはなんだか悲しい

雪には余裕があるのに
みぞれにはない
なんだかあの人に似ている
だから
みぞれの音は寂しい

みぞれは花びらのようにきれいなのに
みぞれはなんだか哀しくおかしい
道化師のようにみぞれは消える

みぞれの暖かさの内には
誰も入ってゆけない
だからみぞれの暖かさを
誰もしらない

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引用終わり。



以下引用。新装版・1972年(NDL請求記号:KH555-132)の210ページ から 219ページ
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◆入選して


 だいたい私は、感想文は嫌いなのです。私には、しっかりした信念が無いし、思考力が低いし、おまけに怠けものなのです。嘘だったらすらすらと筆が動くのに、いざ自分の考えをまとめようとすると、鈍くなってきます。真実がないからなのでしょう。それに私は、よく本好きな人が言うような読書の意義がわからないのです。私は、本が好きです。けれども、それが娯楽だからなのです。本によって成長するとか、色々な事を言われるようですが、私には、そんなことはできません。そんな素晴しい素質を、私は、あいにく持ちあわせなかったようです。そんな態度で過ごしてきたものですから、感想などをまとめた事は、無いのです。一年の時も、出しませんでした。書き馴れないから、何度も書き直しました。一旦書きあげてみると、またまるっきり反対の考えが浮かんできて、私をあわてさせました。先生方が、私の文章の中にいくらかでも光ったものを見い出して下さったなら、それは不器っちょの慎重さ故の事でしょう。少しこっけいです。
 感想文集の印刷された自分の文を読んでみて、恥ずかしく腹がたちました。色々矛盾した考えがごちゃごちゃ出てきたのを、無理して、高校生だったらこの位の正義感は持っていた方が先生方の受けがいいだろう、などとうすぎたない事を考えて、まとめたのを、ありありと思いだしたのです。ですから一面から言えば、私の感想文はみじめにも哀れな努力の結晶であり、一面から言えば嘘のかたまりなのです。不器っちょで、そのくせずるい眼をしたあひるがよたよた歩いた跡が、これなのです。
 他の人のも読んでみました。微塵も疑いなど無いようでした。一つのものに貫かれているようでした。これが、ごまかしでないのだったら、うらやましい限りです。一席などという言葉の下に自分の名前が、書かれてあるのが、たまらなく、いやです。信念がないのですから、真実が無いのです。「がらじゃない」という言葉があります。まさに、その気持です。おわびしたいような気さえするのです。
 (県立小川高校図書館報「灯」第一一八号)

◆遺書


おかあさん ごめんなさい
あなたの事を考えるとすごくつらいんです
ずっとつらい事に耐えてきたあなた
おかあさんには理解できないだろうと思います
別につらい事があるというわけじゃない
わがままなのかもしれません
私が生きていたってどうにもならないんです
ちからが私には無いんです
うんざりするんです すべてのものに
普通の人のもつ美しさが私には無いのです
無だだ 馬鹿げた事だと思う事を
そのまま続けてゆく気にはなれないだけです
私は自分勝手な悪い子です
悪い子が生きていてどうなるのかしら
そうでしょう
     さようなら
       清子
 母上様

◆青春の危機をめぐって

埼玉県小川高等学校教諭 栗原克丸

 島田清子はたぐい稀な凜質をかかえながら、その青春の入口で、自らいのちを断った。青春とは、つねに死に対面している季節であるといわれる。そのことについて改めていうまでもなかろう。しかし、それは青春があがなわねばならない危機、青春のみが負わねばならない責任なのであろうか。みずみずしいいのちが明るく豊かに成長することを願わぬもののあろうはずはない。嵐のあとで、無残にひきちぎられた若木のように、その死は傷ましく胸をうってやまない。それは、私たち大人どもに対する抗議である。それを「思春期」だとか「反抗期」だとかと心理的に解明することによって責任を回避しようとする大人どものずるさ。それに対する抗議でもある。
 島田は満二才の誕生日に父を失った。母は幼ない子を実家にあずけ、住み込みで働らかなければならなかった。こうして彼女は死を選ぶ日まで母方の祖母によって育てられた。「自分が今まで生きてきたのが人のお金で、恩とか感謝とかそんなものでぬりかためられているものだったと気づく時、私の最大の淋しさ。恐怖心」と日記にしるす時、それは成長する自我の、当然な、そして健康な批判であった。それは家の人々が温かくつつめばつつむほどそう感じさせた。すでに父が亡く、母とも別れ住む孤独さが、友や父性を求めたのも当然であった。日記や書簡の中で、若い男性の教師が話題となることは、何も彼女にかぎったことではなく、女子高校生には共通した心理であり、世界である。ひと一倍感じ易い彼女の心が、そのかげを濃くしたまでであろう。
 沸騰する才をもてあましながら、テストや受験のことを気にしたり、そのための劣等感に悩んだりしていたことも普通の生徒と異なるものではなかった。ただ彼女のするどい感性は、それら彼女をめぐる社会や大人たち、教師や友たちの世界のもつ偽善や見てくれをかぎわけずにはいなかった。「みんな演技です。眠る事と食べる事だけがそうでないのかも知れない。言葉はみんな嘘かもしれない。心の内に在る時は本当でも、一度、それから出てしまったら、もう嘘だ。ポーズだ」人を信じ愛そうとすればするほど孤独になり、その責を自分に背負いこんでいった。それも青春の生理だということはできよう。
 島田のすぐれた感性は、その詩に於ても十分に感じられる。そこには大人たちが失ってしまっているハッとするものがある、それは児童詩や、八木重吉の詩にみられるような透明な感覚にちかいものであるが、そのむき出しの感性が自然に言葉を選んでくるのである。きらきらと切ないいのちの溢れがそこにある。短文ではあるが「背中」や「栗」にもそのすぐれた表現がみられる。こういう文章は十七才位の多分にロマンチックな少女に仲々書けるものではない。天性の資質というべきであろう。
 その資質をとぎすましたのは読書であった。彼女の読書量は中学時代からひとり群を抜いていた。なかでも芥川竜之介、太宰治、中原中也等を愛読していたらしい。誰からその指導をうけるでもなく、それらの読書を通じて、ひとつの内面の構築がはじまっていた。それはいやおうなしに内向する実存的世界への指向であったといえよう。これら破滅型作家の影響を無視することもできない。中也の「汚れちまった悲しみ」や、太宰の悲しい擬態にこころひかれ、はやくもピエロの演技を自覚するとき、絶望はもうそこまでやってきていた。
 読書感想文「『異邦人』を読んで」は、彼女の読書のありようを最も明瞭に示した、最後の作品であった。ムルソーは島田にほかならなかった。彼女はムルソーによって己れを語った。「自身がムルソーのような大人に成長していきそうな」不安は、彼女に格闘を強いた。「愛を信じられなくなっていたムルソーは、社会の犠牲者なのだろう。そしてそれが彼の気づかなかった、彼自身の最大の不幸なのかもしれない」そうも書いた彼女であったが、一層ふかく、自己を「異邦人」として確認していったのではなかったか。
 私が島田清子の存在を知ったのは、この読書感想文を通してであった。この自己の生に密着した感性的思考のするどさに私は、ほとんど恐怖を感じた。これが高校生の作品だろうかという疑惑もあった。彼女に会ったのはその表彰式の日であった。暗い、つかれた若いいのちと「異邦人」を私は感じ、率直にいってその指導にとまどった。年度末の多忙さにまぎれ、一度きりで会う折もなかった。二カ月後、彼女は死を選んだ。
 私は彼女の読書、テスト体制とマンモス化の中で死に瀕している教育について考えてみないわけにはいかなかった。
 島田の世界には社会的な窓がなかった。社会科学的なものの見方、あるいは批判精神といってもよい。きわめて実存的、感性的、したがって個人的認識にとどまったその特質が、次第に彼女を絶望に追いやったということもできよう。中原や太宰の作品が若い心をとらえるのは彼女の場合にかぎったことではない。日本の青春たちのおかれている社会的条件が変らないかぎり、それは青春の文学として読みつがれるだろう。そこには青春の拡大された苦悩と悲劇的な挫折があるからだ。それが共感も呼ぶ。その絶望した地点からの新らしい展望、窒息に対する窓こそ必要なのに、ひとはその配慮もなしに「名作」だとか「純粋」だとかいって読むことをすすめもする。まして、いちども死に対面したこともない人間が、それをすすめる位、こっけいな危険はないのに。
 島田が「異邦人」に共感したとき、まぜ「シジフォスの神話」や「ペスト」を読まなかったのであろうかと思った。そこには「異邦人」では明白でなかった「死に対する不断の反抗」が、「不条理からの脱出」があるはずであった。カミュは、はげしかったレジスタンスの体験のなかで、社会的な集団の倫理を発見していったのだ。あるいはそれも読んでいたかも知れない。彼女は宮本百合子の「伸子」も読んでいたし、(彼女の父は中条百合子の遠縁でもあった)大人たちのいわゆるアカ呼ばわりに対して「あなた方は、人から教えられて、架空の鬼を恐れている子供と同じです。その人の思想のために、その人が世の中から捨てられるとしたら、それは世の中の方が完全に間違っているんだわ。あなた方は、自分の小さなからの中にとじこもって、その中でぬくぬくと暖まっていようとする。そしてそのからがこわれるのを極度に恐れているんだ」ともいっている。
 「だけど私は信じている。社会主義になったって、世の中が良くなるわけじゃないんだ。けれど破壊されたあとには、私達の生きる意味があるのかもしれない」こうしてムルソーは彼女のなかにふたたび住みつく。井上清の「現代日本女性史」も読む。そして、「自分がずいぶん長い事、だまされてきたような気がした。でも『社会的に眼ざめて』何になろう」という。島田よ、もう一歩だ、と私は叫びたくなる。しかし、そういう教師どものコトバなどもう空々しいものとしか聞こえなかったであろうか。
 「私には、信じる力などないのだ」という無数の精神の群像を前にして、教育はなにをすべきなのか、なにをして来たか、と問わないわけにはいかない。私たちは問われているのである。そうしたなかでも、若いいのちは悩み、闘い、成長しつづけようとしている。教育はそのことを忘れてはならないはずなのだ。

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引用終わり。

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